一五三話


「あ、あなたは一体……?」


 突如として現れた見覚えのない老翁を前にして、俺は軽く混乱状態に陥っていた。


「わしか? わしはな、誰だと思うか?」


 にんまりと悪戯な笑みを浮かべつつ、自身の豊かな白髭を弄ってみせる爺さん。そういえば、ヒナは記憶を失ったあとおじさんに拾われたとか言ってたような……。


「もしや、あなたがヒナを拾った人……?」


「うむ、その通りだ。まあさすがに話くらいは聞いておるか。に発展するくらいだからな」


「あっ……」


 俺は自分の下着一丁の格好を見て、慌てて服を着ることになった。もちろん、目に毒なのでヒナに布団をかけることも忘れない。


「話を聞いたっていっても、記憶を失ったあとおじさんに拾われたっていう情報くらいで……」


「ふむ、そうか。ならば話は早い。ちなみにわしの名はバランといってな、この国の王だ」


「へえ、王さまだったんですね……って!?」


 さらっととんでもない台詞を吐かれたので仰天したが、当の本人は神妙な顔のままなのでジョークではないっぽい。とはいえ、一応【慧眼】でステータスを確認してみるか。

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 名前 バラン

 性別 男

 年齢 66


 HP 8500/8500

 MP 3456/3456


 攻撃力  480

 防御力 3520

 命中力  745

 魔法力 3456


 所持スキル

【テレポーター】レベル16


 所持テクニック

『テレポート』『ランダムワープ』『アグレッシブワープ』『マインドワープ』


 所持装備

 王笏

 セイフティリング


 称号

《キング》《旅人》《谷底の仙人》《昆虫収集家》

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 なるほど。王専用の杖――王笏といい、称号といい間違いないな。ロッドの装飾が幾分地味なのは、身分を隠すためなんだろうか?


 それにしてもステータスがかなり高いので驚いた。これを見る限りだと、王さまは【テレポーター】以前にも石板を使い、なんらかのジョブ系スキルを獲得してステータスを上げてたっぽい。


「驚くのも無理はない。おそらく、お主はヒナがいつもわしに自慢気に語る救世主のユートなのだろう? それなら、王が病気で亡くなっていることは既に知っているはずであろうから」


「いや、確かにそれで合ってますけど、なんで生きてるんですかね……」


「もちろん、亡くなったのは影武者のほうだ。反逆者を炙り出すため、もしものときのために用意しておいたのだが、まさかあんなことになるとは。ガイアスはわしの配下の中でも最も忠実な者だと信じておったのに……」


 さも無念そうに白髭を弄り始めるバラン王。見た目はどこにでもいるようなただの爺さんなんだが……。


「でも、なんで本物の王さまがこんなところに……?」


「それは何ゆえかというとだな……わしは玉座に座っていた頃から、民の気持ちに寄り添うことを信条としておったため、時折こうして村人のような恰好になり、この谷底を拠点にして下々の者の暮らしを観察しておったのだ。ところが、訪れた村が神級モンスターによって滅ぼされ、居合わせたわしも殺されかけてしまってな」


「そ、その神級モンスターって、まさか……」


「うむ。そのまさかでな、そこにおるヒナなのだよ。邪悪な微笑みをわしに向けたあと、に気を取られたらしく、バランスを崩して転んでな……」


「何かって、ゴキブリ……?」


「さすが救世主というだけあって察しがよいな。その隙にわしは転移魔法の詠唱が完了し、命からがらこの小屋へ逃げ帰ってから翌日のことだ。ヒナがよろめきながらも歩いてくるのを見て肝を冷やしたよ。凄い執念で仕留めににきたのかと思ったら、まったく様子が違ったゆえ、記憶を失ったのならば安全だろうと保護したのだ」


「そ、そうだったんですね……」


 異世界の王はゴキブリに救われたんだな。この虫、神級モンスターすら倒しちゃうしこっちの世界でも強すぎる。


「でも、どうして王都へ戻らないんですか? 王さまさえ戻れば収集がつきそうですが……」


「いやいや、一度謀反を起こした以上、ガイアスが大人しく従うとは到底思えん。むしろわしが偽物だということにされるであろうな」


「あー、それは確かに……。ただ、王さまがこんなところでずっと暮らすのは変だなって……」


「まあ、色々とわけがあってな。何度か帰ろうとはしたんだが、寂しがりやのヒナが血眼で追いかけてきて、その凄まじい勢いで何度も死にかけたものだ……」


「…………」


 血眼のヒナって、想像もしたくないな。


「ただ、わしもやられてばかりではおらんぞ。ヒナが苦手なゴキブリさえ集めれば束縛から逃れるのは容易いと気付いて集めるようになった。しかしだな、もし彼女を一人にした場合、いずれ過去を思い出すことによってさらに人間を憎むようになると考え、残ることにしたというわけだ。わし自身、ヒナに情が湧いたというのもあるが……」


「なるほど……」


 王が考え込んだような表情で言葉を並べつつ、ゴキブリを一匹ずつ魔法を使って袋の中に入れ始めたのは、なんともシュールな光景だった。


「手伝いますよ、王さま」


「おお、頼む」


 俺は【ダストボックス】+『タライ』でゴキブリをまとめて捨てた上、戻して袋の中に放り込むのだった。

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