一五一話
「…………」
あれから俺はすぐ『ワープ』を使い、遥か谷底の小屋までやってきていた。相変わらずこの辺一帯は分厚い靄のようなもので覆われていて不気味さが半端ない。
それでもここまで来たからには引き返せないってことで、俺はフッと息をつき、段差の小さい階段を上がって扉をノックする。
「――はーい、今開けますねー」
馴染みのある声がしてからまもなく扉が開けられ、大人しそうな一人の少女に迎えられた。紛れもなくヒナだ。
「ユートさん、お待ちしてましたよ。さあ、ごゆっくりどうぞっ」
「お、お邪魔します」
小屋の中は小ぢんまりとしていて、広くはなかったが綺麗に整頓されていた。これなら一人で住むには充分だな……って、そういやヒナには拾ってくれたっていうおじさんがいたんだっけ。
「今はヒナ一人?」
「…………」
「ヒナ?」
「は、はぃ、一人ですよ……」
な、なんかヒナの顔が赤くなってるし、俺が何か期待してると思われたっぽい。仮にそういう意味合いで訊いたとして、神級モンスターの彼女に手を出せるやつなんているんだろうか。
「座ってお話しましょうか」
「あ、あぁ」
ヒナが隅にあるベッドに腰かけたので、俺は少し間隔を空けて座ったんだが、すぐに詰め寄られたのでドギマギした。
しかも両手で手まで握ってくるし、ヒナって大人しそうに見えて実は大胆な子なのか……?
「私……いつも見ていました。仮面の英雄さま――ユートさん、あなたの勇姿を……」
「そ、そうか」
「はい……。何度も何度もその勇ましいお姿を拝見するうち、私の中でどんどんユートさんはかけがえのない存在になっていったのです……」
「そ、そりゃよかった――」
「――ユートさん」
「うっ……?」
ヒナが強い表情で俺を見上げてくる。こ、怖い。ほんわかとした感じから急にこれだから、緩急も相俟って尋常じゃない迫力を感じるんだ。
「あなたにとって、私は一体どういう存在なのでしょう? それを知りたいのです……」
「ど、どういう存在かって……?」
「はい。どうか教えてもらえませんでしょうか?」
「…………」
いや、いきなりそんなことを言われてもな……。どう答えたら正解なのか『アンサー』を使う余裕もないっていうか、それすらも神級の彼女に見通されそうだ。
「えっと……。だ、大事な存在、かな?」
「……わぁ、大事な存在なのですねっ。とっても嬉しいです……。でも、それってユートさんの中でどれくらいの比重を占めているのでしょう?」
「そ、それは……」
「私にはなんとなくわかります。あのペットの存在が邪魔になってるのですよね?」
「えっ……」
「やはり図星でしたか。ユートさんは心の優しいお方ですから、ペットの我儘にも怒らずに寄り添うことができるのでしょう。ですけど、ペットはペットです。それ以上でもそれ以下でもありません。そうですよね」
「ヒ、ヒナ……?」
何かに取り憑かれたかのようにヒナが捲し立ててきたわけだが、俺は呆然とそんな彼女を見守ることしかできなかった。
圧倒的な体躯を誇る巨人の手で握られているような、そんな完全に逃げ場を失った無力感さえ覚えるんだ。
「――あっ。私一人で一方的にお喋りしすぎちゃったようです。ごめんなさい……」
「…………」
俺は返事をしたつもりが、声が出なかった。何を思ったのか、ヒナが急に服を脱ぎ始めて下着姿になってしまったからだ。
「ヒ、ヒナ……?」
「は、恥ずかしいです……。でも……私のこと、もっと知ってほしいんです……」
「な、な……」
「もっともっと、ユートさんにとって大事な存在になりたいってことです……」
「い、いや――」
「――モンスターとはしたくないなんて言わせませんよ。化け物である前に、私は女なのですから」
「…………」
ヒナは冗談を言ってるようには見えなかった。彼女は本気だ。
「絶対に逃しませんよ。この日が来るのをどれだけ夢見たことか。今日、あなたに私の全てを捧げます……」
やることがいくらなんでも大胆すぎる。そこは腐ってもやはり神級モンスターか。
「うっ……」
俺はベッドの上でヒナに押し倒されてしまった。一体どうすればいいんだ。観念して彼女を抱くべきなのか……?
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