一五〇話


「――うっ……?」


 俺は豪華なベッドの上で上体を起こした。どうやら、いつの間にか寝ちゃってたみたいだな。時刻を確認すると、翌朝の七時半を過ぎたところだった。


 昨夜摂取したアルコールも手伝ってくれたのか、久々に本当の意味でよく眠れた感じがある。


 なんか途中でを見ていたような気もするが、まったく思い出せないってことは大した内容でもないんだろう。


 ん……なんかやたらと花の匂いが漂ってくると思ったら、俺の隣でプリンが花束を抱えながら寝ていた。ははっ、プレゼントされたのがそんなに嬉しかったのか。


 彼女の満足そうな寝顔を見てるとこっちまで嬉しくなるなあ……って、2年1組の教室で何か起こったみたいだ。天の声が届くにしてはまだ早いし、また俺の分身に悪戯でもされたんだろうか?


 もしそうなら絶望的に懲りない連中だと思いつつ、俺は【隠蔽】と『分身』を使用してからいつものように頼むと『命令』し、『ワープ』で目的地へと急いだ。


「――なっ……」


 そこで俺が目にしたのは、死体のように青白い顔で項垂れる浅井六花の姿だった。


 やつの机には、『早く死ね』だの『疫病神』だの落書きが隅々までびっしりと書かれていて、周りからニヤニヤとした笑みを向けられていた。


 こういうのを見てると、反田が消えたことで生徒たちのヘイトを一身に集めてるってのがよくわかるなあ。まあ担任補佐になって威張りまくってたから自業自得だ。こうなるともう、浅井の味方は従魔のヴァンパイアくらいか。なんせ『疫病神』だしな。


(アンギャアアアアアアアアアァッ!)


 一方、サンドバッグの反田憲明も生徒らにボコボコにされていて、『テレパシー』でやつの心の声を聞いてみたら絶叫していた上、籠の中の鶏野もいつものように可愛がられたのか横たわってピクピクと痙攣していた。


 そのほかにも、標本の蠢く昆虫、床で震える人影、揺れる椅子といい、2年1組の教室は相変わらず愉快だから思わず口角が吊り上がってしまう。


 不良グループ以外の生徒たちにも、早く本当の意味での生き地獄を見せつけてやりたいもんだ――


「――ぐっ……!?」


 そう思ったとき、胸の奥が疼いた。な、なんだ……? しかも今、どこからともなく『早く生き地獄を見せろ』と不明瞭な低い声が聞こえたような。


 とはいえ、疼きはすぐに治まった。ということは気のせい、だよな……。


『皆さまにお知らせがあります』


 お、ヒナの声だ。それで周囲のざわめきが収まるかと思いきや、2年1組の野郎どもはどこ吹く風で好き勝手にお喋り中だ。


『モンスターが発生し、この学校へ向かっているようです』


 お、久々にモンスターが来るのか。さすがにその台詞は刺激になったのか、教室内がまたたく間に静かになっていった。


『小鳥さんのような小さな飛行型モンスターで、しかもスローペースなので、七日後には到着するかと思います』


「…………」


 周りから失笑が漏れるとともに、生徒たちが一斉に談笑し始めた。これなら大丈夫だと思ったんだろうが、俺は何か逆に不気味さを感じていた。体が小さい上にゆっくり迫ってくるとか、油断させるためにわざとやってるんじゃないかと思えるレベルだったからだ。


 それに飛行型っていうのが気になる。もしかしたら、あのときエルの都の監視塔で見たやつかもしれない。学校まで来るのにまだまだ猶予があるとはいえ、少しは警戒感を持ったほうがよさそうだ。


「あっ……」


 思わず声が出る。頭上から何かが落ちてきたと思ったら、例の折り紙だった。今の俺は一応【隠蔽】状態なんだけどな……。神クラスなだけあってヒナにはバレバレらしい。教室から出て紙を広げてみる。何々――


『――ユートさんのために小屋の中を片付けておきました。なので、これから来てくださいね。待ってますから♥』


「…………」


 俺は最後のハートを見て、これは断ったら絶対にダメなやつだと確信した。

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