一四六話


「フゥ、フゥゥッ……き、君が、私に告白の手紙を寄越してきた生徒かね……?」


「は、はぃっ……」


 反田のやつ、既に目がイッちゃってるな。ここまで急いで来たから疲れてるはずなのに、今にも襲い掛かってきそうな雰囲気があって怖すぎる。


「そ、それでだ。君の名前は、なんというのかね」


「……え、えっとぉ……」


 しまった。名前をつけてなかった。自分の姿は、反田の夢の中に出てきた眼鏡っ子そのものだから名前なんてわかるわけもなく。こうなったらもう適当につけよう。


「な、奈々子っていいます……」


「そ、そうかっ、奈々子君か。可愛い名前だねえ。グフフッ……」


「あ、ありがとうございまぁす」


 ちなみに、奈々子っていうのは『名無し』から取ったんだ。


「そ、それにしてもだね、奈々子君、なんともいけないおっぱいをしているが、これは、いくらなんでもだな、どう見ても校則違反ではないのかね? まったくもってけしからん……」


「ご、ごめんなさぃ……」


 こいつ、いきなり何を言い出すんだ。もう完全に飲み屋で出来上がってるただのエロオヤジだな。


「だ、大丈夫だ。せ、先生が、特別に便宜を図ってやるから、い、今すぐ脱ぎなさいっ。わ、私の手で、目立たないようにコンパクトにしてやるぞっ」


「ぇ……?」


 ダメだこいつ、自分で何言ってるのかわかってるのか? 調子に乗ってエスカレートする一方だから、なんとかしないと。


 だが、今の俺は不思議と悪い気分じゃなかった。そりゃそうだろう。待ちに待った獲物が裸で目の前にいるようなもんだからな。


 そう考えてみると、ある意味相思相愛ってことか。オエエッ。


「グフフッ! さあ、脱げ脱げ脱げっ! それとも、私に無理矢理脱がされたいというのかねええぇっ!?」


 それだけは気持ち悪すぎて絶対に許せないので、俺は自分の顔だけ元に戻しておいた。


「い、嫌だよお、反田せんせえっ」


「グフフッ……昔からだな、嫌よ嫌よも好きのうちというではないか……って、お、お前はっ……!?」


 それまで胸ばかり注目していた反田が、ギョッとした表情で俺の顔を二度見してきた。


「き、きききっ、如月優斗、だと? こ、これは、一体全体、どういうことなのかね!?」


「どういうことも何も、変装してたんですけど?」


「き、き、如月優斗おおぉっ……! お、お前がやったことがどういうことか、わかっているのか!? 教師に対してこのような悪質な悪戯をするとは、やはり人間性というものが微塵もないというのか!?」


「すみません。生徒とスケベなことをしようとする先生は俺と違って人間性ありますよね」


「ぐっ……せっ、せせっ、生徒の分際で口答えしおってええぇっ!」


 充血した目で叫びつつ、レイピアを取り出した反田。


「おいおい、まさかそれで生徒の俺を刺し殺すつもりなのか?」


「クククッ……。如月優斗おぉぉっ。お前のような不良生徒の口は今すぐ封じてやらなくてはなああぁぁぁっ!」


 やつは躊躇なく俺の顔面をレイピアで突こうとしてきたが、ガチッと歯で受け止めてから噛み砕いてやった。


「な、ななっ……!?」


「ペッ、ペッ……。驚いたか? 反田。おっぱいばかり見るのもいいが、俺のスマホの画面も見てくれよ」


「ぶっ……!?」


 俺は例の仮面をつけるとともに、反田の顔にスマホを押し付け、自分のステータスを見せつけてやる。


「……こ、こ、これ、は……」


「どうだ? 全て理解できたか?」


「……え、えっとだな、できた。できました……」


 早速敬語になってるし、存分に理解できたらしい。こんなやつを褒めたくはないが、やはりそこは教師なだけあって、理解の遅い近藤とは頭の出来が全然違うな。


「で、何か言いたいことはあるか?」


「……あ、あります……う、うぅっ……き、如月優斗……」


「ん?」


 なんだこいつ。いきなり泣き始めたかと思うと、俺の両肩に手を置いてきた。


……。先生は嬉しいよ……」


 おいおい、急に先生面してきやがったぞ。一体どういう風の吹き回しなんだ?


「実を言うとだな、今まで私が酷いことをしてきたのは、ある意味、君を守るためだったのだ……」


「俺を守るため……?」


「その通りだ。虎野君を筆頭とする、あの忌まわしい不良グループからな……。葬式ごっこを率先してやることで、私に矛先が向くようにしたつもりだったが、そうはならなかった。そこは非常に申し訳ないと思っている……」


「…………」


「だがな……この儀式によって、やつらは少々生意気なお前に対して溜飲が下がり、それ以上の酷いいじめに発展することがなくなったように思うのだ。それは本当に、不幸中の幸いだった……」


「せ、先生……そんな意図があったんですね……」


「そうだ……。そういうわけだから如月優斗、これからはだな、私と手を組――ぐえっ!?」


 反田の頬に俺の拳がめり込み、やつは白目を剥くとともに血を吐いてぶっ倒れた。手加減したつもりが、むかついてほんの少し力を入れて殴ってしまった。


『アナライズ』でやつのHPを見ると残り3だったから肝を冷やした。いやー、危なかった……。

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