一四〇話


「…………」


 俺が向かってみたところ、プリンとホルンは既に朝食を済ませており、一人黙々と食べる『アバター』が注目されているという珍妙な絵があった。


 なるほど……何かあったっていうより、この状況があまりにも気まずいから異変として知らせてきた格好か。


「ユートって、食べるの遅すぎなのっ」


「それだけよく噛んでおられるのかと。プリンさまもどうか見習ってください」


「ホルンの馬鹿っ。プリンだってよく噛むもん! ……デザートとか」


「……プリンさま、それは柔らかいものを味わってるだけであまり意味がないような……」


「美味しいのが長持ちするから意味があるんだもん。ぷいっ」


「…………」


 俺は【隠蔽】状態のまま、思わず笑い声を『サイレント』で封印した。


 一方で『アバター』はちらちらとプリンとホルンの顔を見やって微かにうなずくだけで、あとは不愛想に食べるということの繰り返しで若干不気味だった。


 まあこれでも俺の『命令』通りだし、以前の分身よりはずっと性能がいいわけだからな。余計なことをやらせようとしすぎてボロが出るよりは断然いい。


 やがて、俺の分身が食べ終わってもスプーンで皿をカチャカチャと掬い始める。おいおい……皿まで食うつもりか。


「うぷぷっ……ユートって、つまんないのに面白いのっ」


「くくっ……い、今のギャグにはそれがしも笑ってしまいました。降参であります」


 プリンとホルンにはかなり受けた模様。どうやらわざと面白いことをやったと解釈されたらしい。


「――いつもの方々、お食事は終わりましたでしょうか」


 凛とした声とともに誰か来たと思ったら宿の店主で、その場の空気が一変するのがわかった。


 プリンとホルンの顔つきも一層真剣なものに変わり、並々ならぬ緊張感が伝わってくる。


 女店主が鋭い眼光で周囲をしばらく窺ったかと思うと、若干戸惑った様子で俺の分身のほうを二度見した。


「あの、プリンさま、ホルンさま、失礼ながら、この殿方は……?」


「エスティア。ユートはプリンの味方だから大丈夫なのっ」


「ユートどのは頼もしい味方ゆえ、問題ない。エスティア、話すのだ」


「はっ……」


 エスティアと呼ばれた店主が、プリンとホルンの前で恭しくひざまずいてみせた。


 どうやらこの人、宿の経営者としての顔だけでなく、王女たちの間者としての一面も持ってるっぽいな。


ですが、わたくしめが調べたところによると、反逆者めはここぞとばかり兵士たちを増強しており、根城に忍び込むのは至難の業かと……」


 おそらく、クーデターを起こしたガイアスのことを言ってるんだろう。根城っていうのも王城を意味するのはなんとなくわかる。


 続けざまに語り始めたエスティアによると、黒幕のガイアスは猜疑心が非常に強くて人前に中々姿を見せず、さらに自分に何かあれば都ごと消すつもりなんだとか。なので相当慎重に動かないといけないという。


 といっても対抗手段がまったくないわけではなく、近々開かれる予定の武闘大会をガイアスは非常に楽しみにしており、優勝者に報酬を自ら授与することも考えているらしいので、俺はこれに参加することに決めた。


 それと、最近は兵士が普段着で幅広く巡回しているそうなので、しばらくここにいたほうがいいんだとか。


 だったら当分動きがなくて暇になりそうだし、大会の日程が発表される前に一人分の処刑を済ませておいたほうがよさそうだな。ただ、今ファグたちと向かってる冒険者ギルドのことも気になるのでそっちへ行ってからにするか。

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