一三八話


 あれから、俺たちはエルの都を散策し始めたわけだが、視界が人で埋め尽くされんばかりの騒々しさを前にして、ファグたちは昨晩以上にアドレナリンがドバドバ出ている様子だった。


「うおぉっ! こりゃすげーぜ! 明け方のエルの都は、夜とはまた違う顔を見せつけてきやがるっ!」


「ファグったら、そんなにはしゃいじゃって子供みたーい!」


「カッカッカ! ミアも人のことは言えんのう。そう言うわしも童心に帰ったような気分じゃわいっ」


「童心って言うけど、キーンの頭だけは既に赤ん坊並みでしょ?」


「「「「「どっ……!」」」」


 ラビたちも含めて笑い声が上がる。みんな本当に楽しそうなもんだから、見てるこっちまで口元が綻んでくる……って、何故か俺のほうに注目が集まってきた。なんだ?


「さすが、ユートはこんだけ人がいるのに落ち着いてるな。《最強の傭兵》なだけあるぜ!」


「「「「「うんうんっ」」」」」


「い、いやいや、ファグ、俺はただ単に眠かっただけだから。ふわあ……」


 俺は咄嗟に欠伸をしてみせた。自分がこの賑やかな雰囲気に気圧されないのは、王都フローラの空気を知ってるからなんだけどな。あそこも人が多い上にもっと広いし……お、そのタイミングで、ちょうどよく教室の分身のほうに何かあったみたいだ。


 ってことで、俺は『アバター』を作るとともに【隠蔽】を使用すると、適当に返事しながらファグたちについていくようにと『テレパシー』で『命令』し、目的地へ『ワープ』した。


『――そのお知らせというのは、お部屋を片付けると……身辺整理をするととっても気持ちがいいということです……』


「…………」


 ヒナの声がしたと思ったら、割りとどうでもいい内容だった。ただ、【ダストボックス】持ちとしては共感できることだ。


『なので、学校にいる方々もたまには身の回りを綺麗にしましょうね。そうしたら心もピカピカになって、人に意地悪しようなんていう気持ちも捨てることができるかもしれませんよ? それではっ』


 なるほど。いい感じのことを言ってるな。まあ悪が積もりに積もった2年1組の生徒にとっては暖簾に腕押しだとは思うが。


 ん、浅井のやつを見かけないなと思ったら、少し経って反田と一緒に談笑しながら教室へ入ってきた。何故かは知らないが、コンタクトレンズから変更したらしく眼鏡をかけてて、ちゃっかり手を繋いでる。本当に恋人同士になってるんだな。


「コケエ――」


「――黙らんかっ! 焼き鳥にするぞ!」


「グエーッ!」


 鶏野がここぞとばかり騒ごうとした途端、反田に機先を制されてなんとも哀れだ。


「キャハハッ。超受ける! ねえ反田君、この鶏って誰かに似てる気がするんだけど、誰だっけ?」


「ん、さあなあ。誰だろうなあ。そんなことより、六花、私のほうを見たまえ」


「もー、反田君って本当に甘えん坊なんだから……」


「「チュッ……」」


「…………」


 おいおい、反田と浅井のやつ、生徒たちが見てる前でキスをし始めたぞ。まあ教室で生交尾した近藤のほうがとんでもないとはいえ、一応反田は教師で浅井は生徒だからなあ。


 そのままの勢いでおっぱじめるつもりかと思いきや、反田が何かを思い出した様子で緩んでいた顔を引き締めつつ前を向いた。


「コホン……実はな、お前たちに話しておきたいことがある。浅井にはこれから、私の補佐をしてもらう。なので、私がいないときは彼女の言うことを聞くように」


「「「「「えー……」」」」」


 なんというワンマン教師。しかもドン引きされてるし。浅井六花が担任補佐って一瞬ギャグかよと思ったが、そういや一応建前上は優等生だったな。今まで色々あったせいかすっかり忘れてた。もちろん、『ミスチーフ』セットを食らわせてやるのを忘れない。


「「ごばっ!?」」


「「「「「どっ……!」」」」」


 笑い声に押される格好で二人とも教室から飛び出してしまった。『カラーボール』でカラフルになったこともあって体を洗いにいったんだろう。さて、オチもついたので一旦ファグたちのところへ戻るとしよう。

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