一〇六話


「――ウププッ……」


 虎野の慌てっぷりがあまりにも可笑しくて、『サイレント』の魔法を使っても俺は笑い声を抑え切れなかった。


 まあそりゃ動揺するよな。やつからしてみたら、影山をようやく倒したと思ったら姿が消えるとともに永川が出てきて、それを始末したかと思えば今度は連れの近藤や浅井と一緒にいなくなったわけだから。


 いくら不良グループのボスでも頭の中がパニックになるのは当然だよなあ……って、また思い出し笑いが込み上げてきたので『サイレント』を使う。


 ここは処刑する場面だから笑ってばかりもいられない。俺の姿を見た虎野は、何度もまばたきを繰り返していた。


「き、如月……だと? お前が何故、こんなところにいるのだ……?」


「何故って……そりゃ、お前を処刑するために決まってるだろ?」


「ふむ……? 如月、まさか白昼夢でも見ているのか? お前、誰に対して物を言っていると思っている?」


「ん? 虎野竜二だろ? あんたのほかに誰がいるんだよ」


「うぬう……わかっているのであれば、これからあの世へと旅立つ覚悟はできているのだろうな……?」


「覚悟? とっくにできてるけど?」


「ふむ……ならば死ねえええぇっ!」


 虎野が恵まれた体格を活かして殴りかかってくるが、当たる気配は微塵もなかった。そりゃそうだろう。ステータスが違いすぎるからか、スローモーションのように見えてしまうくらいだ。


 おまけに『念動拳』『天竜拳』『稲妻疾風脚』なんてのも懲りずに混ぜてきたが結果は同じだった。その分隙が生じるのでやらないほうがマシまである。


「――はぁ、はぁ……な、何故当たらん……ま、まさか、今俺様が戦っている如月もまやかしなのか。そもそもやつがこんなに強いはずがない。ならば、一体誰の仕業だというのだ……」


「…………」


 なるほど、ほかの連中と同じく俺までまやかし認定されてしまったか。まあ影山たちが次々と消えてるわけだし、いじめられっ子の俺がここまでやるとは到底思えないだろうから当然か。


 よし、もうこの辺で終わらせてやろうってことで、俺はスマートホンを取り出して虎野に投げつけてやった。


「虎野、そいつで俺のステータスを見てみろ」


「ぬっ……?」


 2メートル近い大男が、俺とスマホを交互に見ながら後退りしていく。こんなにガタイがデカい癖して、相手が手強いとわかると臆病なまでに慎重になるところなんかはいかにも虎野らしい。


「こっ、こっ……こここっ、こっ……これはっ……!」


「ぶっ……」


 ダメだ。こいつ、鶏かよと思ったら噴き出してしまい、『サイレント』が追いつかなかった。てか、もうネタバラシは済ませたんだし使う意味もないか。


 そういうわけで俺が例の仮面を装着すると、やつは血の気が引いたのか見る見る顔を青白くしていった。


「永川と影山は既に処刑した。次はお前の番だ。虎野――」


「――ま、まままっ、待ってくれ……」


「ん?」


 おいおい、あの虎野が土下座したぞ。不良グループのボスで、校長の息子でもある虎野竜二が、いじめられっ子の俺の前で。信じられない光景だ……。


「も、も、申し訳なかった……」


「申し訳ない? 何がだ?」


「い、いじめたことを。如月さんを……」


 虎野のやつ、よっぽど焦ってるのか倒置法になってるな。


「あのなあ、虎野。お前、申し訳ないで済むとでも思ってるのか?」


「うぉっ……?」


 虎野の頭に片足を乗せながら言ってやると、なんとも素っ頓狂な声が返ってきた。


「ま、お前みたいなチキンは虎野じゃなくてでいいな?」


「あ、は、はい。俺様――」


「――俺様? 僕ちゃんだろ?」


「あ、はい、僕ちゃんは鶏野、です……」


「だったら早く鶏の真似をしろ、雑魚。四つん這いで歩きながら、『こここ』って鳴け。さっきもやってただろ? 面白かったら許してやるかもしれない」


「ぐっ……」


「おい、どうした?」


「い、いえっ、やる、やります。こ、こ、こここっ、こけこっこおおぉーっ!」


「……んー、つまらなくはないが、どうも不自然だなぁ――」


「――隙ありいいいぃぃぃっ!」


「っ!?」


 気が付いたときには、既に虎野の拳が俺の顎近くにあるのがわかった。おいおい、『天竜拳』はこんな体勢でも使えるっていうのか……。


「昇天するのだああぁっ!」


「ぐあああぁぁっ!」


「フンッ……血を吐いて一撃KOとはな。あの大仰なステータスも所詮はまやかしだった、というわけか――」


「――おい、今ので倒したとでも思ったのか?」


「えっ……?」


 俺はついさっき『アバター』とともに使用した【隠蔽】を解除し、姿を現してみせた。


「お前が倒したのは俺の分身だよ。ぬか喜びしちゃったなあ?」


「ぬっ、ぬううぅっ……」


「それよりを見てみろ」


「っ!?」


 俺はさっき隠れたついでに剣風でバラバラにしたゴーレムのほうを指差してやる。それを見た虎野――いや、鶏野の体が、可哀想なくらいガタガタと震えているのがわかった。


「あれこそお前の言う一撃KOってやつだろ。さて、そろそろ待ちに待った処刑タイムといくかな……」


「た、たたたっ、タンッ、タンッ――ぼっ……ぼぎゃあっ!? もげえっ!? ぎっ……ぎぎゃああああああああぁぁぁぁっ!」


 タンマすら言わせてなるものかと、ギリギリ死なない程度に拳のフルコースを食わせてやる。こいつ自身の歯もたんと食べさせてやったので既に満腹状態のようだが、これはまだまだ前菜だぞ、覚えておけ。メインディッシュの地獄の宴はこれからだ……。

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