九八話


「そのおじいちゃんはね、キーンよりはふさふさだったけど、杖をつきながら苦しそうに歩いてて――」


「――ちょっと待てい! ミアよ……わしよりって言うがのー、毛が一本でもあれば誰でもわしよりふさふさじゃよっ!」


「…………」


 一本でもあったらふさふさになれるなんて、やっぱりキーンは《太陽の男》だ……。


「んもうっ、話の途中だから邪魔しないでっ、キーン!」


「わ、悪かった、そう怒らんでくれ、ミアよ……。じ、持病が悪化したらしい。ゴホッ、ゴホッ……」


「「「はいはい」」」


 俺まで一緒にそう突っ込んでしまうのは、パーティーの空気にすっかり慣れてきた証拠か。


「んでね、おじいちゃんが歩くのを手伝おうとしたら、『こやつ、やめんか!』って一喝されちゃって……」


「「「ありゃ……」」」


 どうやらミアの親切心が仇になってしまった格好らしい。なんとも嫌な感じの爺さんだが、相当にプライドが高い人だったんだろうか?


「それで僕、思い立ってお金を貯めるようになったんだ」


「「「なんで……?」」」


「教会に多額のお金を寄付したらスキルを受けられるようになってたから、それがあれば気付かれずに何か手伝えるんじゃないかって思って……」


「「「なるほど……」」」


 つまり、献金か。この世界は無料でスキルが貰えるわけじゃないんだな。それでも例の石板を所持してないってことは、それよりずっと安くつくってことなんだろうけど。


「知り合いの人たちからは絶対無理って言われたけど、僕は《お花畑》だから信じなくって、一年間頑張ってお店とかで働いて資金を貯めたんだあ」


「「「……」」」


 子供のときからそんなに働くなんて凄いな。声も出てこないくらいだ。


「人によっては、物凄く頑張ったのに大したスキルが貰えなくて絶望するなんて話も聞いてたけど、僕って凄いスキルを貰えることしか頭になくて。なんせ、《お花畑》だからっ!」


「「「なるほど――」」」


「――そこ、納得しないっ!」


「「「ははっ……」」」


 ミアのトラップに引っかかった形だ。


「それでね、【支援術師】っていうスキルを貰ってここで待ってたんだけど、例のおじいちゃんはもう来なくなってて……」


「「「えっ……」」」


「もう亡くなってたそうで、遺体が発見されるのも遅れるくらい孤独な人だったけど、日記には『手伝ってくれようとした子供がいて嬉しかったが、誰にも迷惑をかけたくない』って書いてあったんだって……」


「「「そっか……」」」


 この老翁が撥ね付けていたのは、迷惑だからじゃなくて逆に面倒をかけたくなかったからなんだな。


「あのおじいちゃんにこのスキルを貰ったようなものだから、恩返ししたくてここで辻支援を始めたんだ……」


「「「なるほど……」」」


 それで《辻支援者》っていう称号がついたってわけか。


「くー、いい話じゃ。泣けるのう……」


 確かに、キーンが涙を流すのも納得できる内容だった。


「そのあと、僕がここで出会ったのがファグでね……」


 そうか、ファグにとってもこの村は故郷なんだし、二人が出会うのは必然だったってわけか。


「いかにも《ゴロツキ》って感じだったけど、勘も鋭いみたいで、僕が支援してるのを見抜いてていつも睨まれてたんだ。余計なことをするなよ、ぶん殴るぞクソガキって……」


「「「……」」」


 尖ってた頃のファグか。見てみたかったなあ。


「でも、あのおじいちゃんのこと知ってたから、何回睨まれても負けずに辻支援したんだ。そしたら、わざとここを通らなくなったから、僕は回り道をしてでもファグに支援をかけにいって……」


「「「あはは……」」」


 その光景が目に浮かぶようだ。


「そしたら、いい加減しつけーぞ、ぶっ殺すぞって凄まれたけど、それでも雨の日も風の日もしつこく支援したんだ。それである日、フラフラになりながら支援したら、遂にファグが折れて、負けたよって……。それからは急に真面目になってくれたから嬉しかったなあ――」


「――だーいぶ美化されてんな」


「「「「ファグ……!?」」」」


 すぐ近くからファグの声がしたと思ったらやっぱりそうだった。


「ミアが可哀想に見えたから折れてやっただけだ。モンスターに生きたまま食われた妹のことを思い出してな。もしあいつが生きてたら、似たようなことを言って世話を焼いてきたかと思って、そんで盗賊稼業から足を洗って、スキルを貰うために真面目に働き始めたってわけさ……」


 彼はいかにも照れ臭そうにそう語ると、俺たちに背中を向けて歩き始めた。


「俺のことならもう大丈夫だ。つーわけだから、とっとと宿を探そうぜ、ユート、ミア、キーン、リズ」


「「「「了解っ!」」」」


 俺はまた一つ、このパーティーとの距離が縮まったような気がしていた。

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