九六話
「聞いたか? とうの昔に去ったやつがいきなり現れて、開口一番に何かを言うかと思ったらよ……村人たちを解放しろだと? こりゃ笑えるぜ。いくらファグ兄貴の頼みでもそれはできねえ。なあ、おめーら?」
「そうだそうだっ!」
「元リーダーだからって出しゃばるんじゃねえよ!」
「死にたくねえなら引っ込んでろ!」
あいつら……それまで怯んだ様子だったっていうのに、相手がファグ一人だけだと思ったのか次々と威勢よく吠え始めた。
「なあ、頼むから解放してやってくれ。この通りだ……」
ファグが深々と頭を下げているが、ならず者たちは誰一人首を縦に振らないどころか、小馬鹿にした表情で足元に唾を吐きかける始末だった。これにはさすがのファグも堪忍袋の緒が切れた様子。
「お前らなぁ……やっていいことと悪いことの区別もつかねえのか……? 自分たちが育った村の人たちを売るなんて、恩を仇で返すのと同じだ。それでも人間なのかよ!?」
「おうおう、正義の味方にでもなったつもりか? ファグ兄貴」
「ファグさん、すっかり変わっちまったなあ」
「まったくだぜ。正義漢ぶってるが、あんただって悪党だったくせによ……」
「そうだそうだ――!」
「――バカか、俺はあの頃から大して変わってなんかいねえ! まだわからねえのか? お前らがこの上なく腐っちまっただけだ!」
「「「「「……」」」」」
あたかも、ならず者たちを叱咤したファグの背中が悲鳴を上げているかのようだった。
「言ってくれるじゃねえか、ファグ兄貴。だがなあ、もう俺らにはこういう選択肢しかねえんだよ。なあ、おめーら?」
「ああ、ファグさんだって知ってるだろ。スキルを得ようにも、今や教会のある村ですら、モンスターに滅ぼされてほとんどなくなっちまった」
「そうそう。運よく洗礼を受けることができたあんたはいいさ。ほとんどのやつらはスキルさえ受け取れず、モンスターに虫けらのように殺される。それを大人しく受け入れろっていうのか?」
「そんなの受け入れられるわけねえっ!」
「その通りだっ!」
「んだなあ……。こんな理不尽すぎる世界で、俺らが信じられるものがあるとすりゃあ、それは己だ。自分の欲だ。なあ、かつて俺らの仲間だったファグ兄貴ならそれがよーくわかるはずだぜ」
「だからってよ……お前らがガキの頃世話になった人たちを不幸のどん底に突き落としてまで手に入れたいものなのか? その欲望ってやつは。選択肢がほかに何もないっていうなら、もう話すことなんて何もねえな……」
ファグの体から殺気が滲み出ているのがわかる。どうやら相手が元仲間であってもやる気みたいだ。
「おいおい、ファグ兄貴。俺はあんさんの力を知ってるから戦う気なんてねえ。ほら、アレを見てみろ……」
「なっ……?」
「ひっく……た、たしゅけてぇ……」
ならず者たちの後ろから、小さな子供の首に短剣をあてがった男が現れた。
「動くな。少しでも動けばこいつを殺す」
「へへっ……ま、そういうわけだ。このガキの喉に赤い花を咲かせたくなきゃあ、そこでじっとしてやがれ。ちなみに、こいつの両親はギャーギャーうるさかったからもう始末してるぜ」
「そ、そいつは、お前らも散々世話になった武具屋の息子じゃねえか……よ、よくも……」
つまり、恩人を殺した挙句その子供を人質に取ったわけか。あの不良グループも真っ青なゴミ野郎どもだな。
そういうわけで、俺はファグを手助けするべく『ストップ』+『ラージスモール』でならず者たちの動きを一斉に止めてやった。惨事を見ないように『スリープ』の魔法を子供にかけるのを忘れない。
「「「「「う、動けねえだと――!?」」」」」
「――う、うおおおぉぉぉっ!」
その直後、獣の咆哮に近いファグの雄叫びがこだまし、周囲が見る見る赤く染まっていった……。
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