八六話


「――ごくりっ……」


 神級モンスターのジルが姿を消したあと、俺は【ダストボックス】スキルが使えるかどうか恐る恐る試してみたわけだが、その直後に視界がいつものマイホームに変わったので心底安堵した。


「ふう……」


 いやー、当たり前のことがちゃんとできるって、こんなにも嬉しいことなんだなあ……。


 ん、良い香りを添えて話し声が聞こえてくると思ったら、馬車を挟んでラビとファグたちが何やら会話しているみたいだ。強い匂いのせいかまだこっちに気付いてないみたいだし、【隠蔽】で隠れつつちょっと様子を覗いてみるか。


「皆さん、用意できましたよぉー。冷めないうちに飲みなさいっ」


「「「「ど、どうもっ……」」」」


 どうやらラビが紅茶を用意していたらしく、テーブルを囲んだファグたちに振る舞っているところだった。みんな口々に自己紹介してる。


「よろしくです、ファグさん、ミアさん、キーンさん、リズさん。いつもユートさまがお世話になってますぅ」


「もひゅぅ」


 ラビとモコが笑顔で声を弾ませている。ここが賑やかになったことで楽しいのかもしれない。


「「「「ズズッ……」」」」


 それとは対照的に、例の四人は一様に緊張した表情だったものの、次第に慣れてきたのか紅茶を口にし始めた。


「ユートの帰りが遅いのが心配だな。無事だといいけどよ……」


「うん。そういえば遅いね。ユートでも苦戦するくらいだから、やっぱり今回の相手は相当手強いのかも……」


「それはあるが、なんせユートのことじゃ。もう終わって散歩でもしとるんじゃないかのう? カッカッカ!」


「キーン、あたしは残念ながらそうは思えないわ。いくらユートでも、今回は危ない予感がしてるのよ。相手が人型なだけに……」


「…………」


 色んな意味で、彼らの言っていることは的中していた。やはりそこは様々な試練を乗り越えてきたであろう《S級冒険者》なだけある。


 スキルの性能に関しては金持ちの商人や貴族のほうが確かに強いだろうが、戦闘における勘の良さとか土壇場での底力とか、そういうのはファグたちのほうが圧倒的に上だろう。今まで彼らが長く生き残っているのがその証明だ。


「ユートさまのことなら、大丈夫ですよぉ? お嫁さんの私が保証しますっ。はううぅっ……」


「もふうっ」


 ちょっ……。思わず声が出そうになった。ラビのやつ、いつの間に俺のお嫁さんになったんだか。


「うっ……そのいかにも堂々とした佇まい、本当にユートのお嫁さんみたい……で、でも、僕信じないもん……」


 ミアが涙目になってるし、若干信じちゃってそうだな。


「わははっ、いいなあ、ユートは。てか、そこにいる動物ってまさか、ユートとラビの子なのか……!?」


 ファグ……何気に危ないこと言ってるし、モコが俺たちの子って、なんでそうなるかな。ラビも何故か否定せずにニコニコしてるし……。


「ユートはさすがじゃのお。純朴な振りをして、もう子作りまで済ませとるとは。何よりわしが羨ましいのは、子供までふさふさなことじゃ……」


 キーン……羨ましいのはやっぱりそこなのか。


「みんな、さっきからなんで頓珍漢なことばかり言ってるのよ? 全然似てないのにそんなのが子供だなんて信じられるわけないでしょ。ユートの初めてはあたしが絶対に奪ってやるんだから……」


 いや、だからリズ、そんなこと目を吊り上げながら言われたら怖いって……。

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