八二話


「ここじゃなんだから、別の場所で話そうか」


「そ、そうですねっ」


 俺たちは階段の踊り場から、人気のない旧校舎の教室に移動したわけだが、そこでも気まずい空気が続いた。


「「……」」


 すぐ隣には天の声の人がいるという不思議な状況。でも、以前みたいに逃げられないってことは、救世主最有力って言われてる通り、それだけ認められてるっていう証拠なのかもしれない。


 それに、なんか彼女のほうが緊張してる感じだったので逆に落ち着いてきた。


「一つ、聞きたいことがあるんだけど……」


「あ、は、はいっ、なんでしょう……」


「俺が救世主の最有力候補っていうけど、ほかに候補とかは?」


「そ、それは……今のところ、ユートさん、あなただけです」


「…………」


 そりゃそうだよな。この学校で俺より目立ってるやつなんてラビくらいなだけに、天の声の人が嘘をついてないのはわかる。そこで、俺は以前から抱いていた疑問を口にすることに。


「俺以外の候補がいないんだったら、どうして早く決めないのかなって思って」


「そっ、それは……」


 天の声の人がはっとした顔になる。やはり、決められない事情があったか。


「決められない理由は?」


「……うー……」


 可哀想なくらい弱った顔になってるが、ここはもう突っ込むしかないだろう。俺たちは強制的に異世界に召喚されているわけで、それを口にする権利は当然あるはずだ。


「これはあくまでも仮説なんだけど、実は救世主を決める気なんてさらさらなくて、学校自体をモンスターの生贄として召喚してるからとか……? 救世主が誰か決定したらほかの生徒たちを元の世界に帰らせる必要性が出てきて、新しいものに興味を持つモンスターの吸引力も弱くなる」


「……そ、それは誤解です……」


「誤解?」


「はい。確かに、モンスターは新しいものに興味を持っています。ですが、召喚したからといってほかの地区を襲わないわけではないですから、それで解決することにはならないのです」


「なるほど……。ってことは、本当にまだ決めかねてる状態ってことかな?」


「……はい。かつて、違う学校を召喚したときのことをお話します」


「…………」


 やっぱり、ここ以外にも召喚された学校が存在してたんだな。


「一人、ユートさまのようにとても強い方がいました。スキルの選択も使い方も抜群に上手でしたし、何よりも勇敢で正義感の強いお方でしたから。私は早々にその方を救世主だと決めつけ、彼と親しい者たちを除いたほかの方々の記憶を消去し、元の世界へ送り返したのですが……それが悲劇の始まりでした……」


「悲劇だって?」


「はい……。その方を救世主として選んだのですが、そこから学校を守る必要もなくなって慢心してしまったのか途端に怠け始めてしまい、結局神級のモンスターに殺されてしまいました」


「…………」


「なので、そのとき痛感したのです。簡単に救世主を決めるようではいけないと。その方の成長を止めてしまわないためにも。神級モンスターに太刀打ちできるような、そんな本当の意味での救世主になってもらわないといけないですから……」


「そんな事情があったんだな。なのに、穿った見方をしちゃって申し訳ない」


「い、いえっ、全然気にしてませんから。強制的にここへ召喚した上、救世主を決めるなんてことをしてる時点で、私は毎日のように罵倒されても仕方ないくらいです……」


「ははっ、悪いことをやってるわけじゃないんだし、罵倒するつもりはないよ……あ、もう一ついいかな?」


「はい?」


「俺は思うんだが、現地の住人のほうが強いなって感じることも多々ある。なのにどうして異世界の住人は救世主候補から外れてるんだ?」


「それは、彼らが異世界人だからです」


「異世界人だから……?」


「はい。ユートさんは彼らと交流があるようなのでおわかりでしょうが、異世界人は諦めてしまっているところがあるのです」


「あっ……」


 そういや、自爆した鳥――デストロイが出てきたときとかまさにそうだったな。


「それに比べて、違う世界から来た者にはその諦めがないのです。救世主になるのであれば、この諦めというのは想像以上に邪魔なもので、排除するのは極めて難しいことです」


「なるほどなあ……って、もしかして君って神様?」


「…………」


 天の声の人が困惑した顔で黙り込んだので、俺は【慧眼】を使ってみたが、何も出てこなかった。おいおい、スキルが効かないだと……?


「私の名前はヒナです。それ以上は、まだ言えません。ごめんなさい……」


「ヒナ、か……」


「あ、そうでした」


「え?」


「この学校にあなたの知り合いの方が近付いているようです。明日のお昼頃には到着するかと思います」


「そ、それってまさか……」


「女性の方が二人のようですよ? モテモテですね」


「うっ……」


 どう考えてもプリンとホルンだと思ったら、ヒナが俺の手を強く握ってくる。凄い力だ。ラビのような怪力というより、絶対に手を放すことができない、そんな不可抗力のようなものを覚える。


「でも、忘れないでください。あなたのことを、心の底からお慕いしている者がどこかにいるということを。それでは、この辺で失礼します……あいたっ!」


「…………」


 天の声の人――ヒナがその場から走り去ろうとしたものの、転んで下着が見えてしまった。本当にこんなドジな人が神様なんだろうか……。

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