六九話


 さて……夕方が近くなってきて、いよいよ見えない敵が間近に迫ってきている状況なのもあって、俺は一旦【ダストボックス】へ帰ることにした。


 ラビやモコと触れ合うだけでなく、夕食を取って腹ごしらえをするためだが、ただ戻るだけじゃつまらないので、【隠蔽】で姿を隠したまま飛び込んでやろうか。


 以前入ったとき、物陰に隠れてたラビに驚かされたので、今回はそのお返しをするつもりだ。彼女はモコに夢中なはずで、さぞかしびっくりするだろうし楽しみだなあ。


「うしゃしゃっ……」


「も、もひゃっ、もひゃあっ」


「っ!?」


【ダストボックス】へ入った途端、ラビの不気味な笑い声とモコの悲鳴が耳を突いた。なんだ……?


 ラビは例のごみ箱の前で座ってて、その上でモコを弄り回していた。おいおい、蓋が開いてるし、少しでも手が滑ったらモコがブラックホールの彼方に消えてしまうぞ……。


 てか、ラビのこの独特な笑い声、以前にも聞いたことがあるような……。まさかと思って彼女の顔をそっと覗き込んでみると、目から光が消えていてゾクッとした。おいおい、また病んじゃってるよ。


 でも、一体どうして? そこまで放置はしてなかったはずだし、何よりモコと一緒だから寂しくないはずなんだけどなあ――


「――ふふふっ。私、ユートさまと一緒にいると思っていたのに、。もしかしたら、今までのことも全部夢で、私の妄想だったのかもしれませんねえ。うしゃしゃっ……」


「…………」


 なるほど、今までのことが全部夢の中での出来事だと想像を飛躍させて、それで一気に精神が病んでしまったってわけか。


「うしゃしゃっ……そんなに怖がらなくても大丈夫でしゅよお、モコちゃん。私がいる限り、ブラックホールには絶対に落ちないでしゅからにぇえ……」


「も、もひゃあぁっ!」


 ラビの手のひらの上で踊らされ続けるモコ。手の動きが荒くなってきたし、これは非常にまずい。モコをこういう危険な状態にすることで、自分がそうなっているとでも言いたげだ。


 やっぱり、『ドリーム』を使ってその場凌ぎなんかやってたらこうなるよな。反省だ。


 よーし、こうなったらあの作戦でいくか。


 そういうわけで、俺はベッドの下に潜り込むと【隠蔽】スキルを解除してわざと物音を立ててみた。


「あう? そ、そこにいるのは誰なのですう……?」


「もきゅっ……?」


「…………」


 ラビのやつ、【隠蔽】はもう解いてるのに俺だとわからないなんてな。どうやら精神が病むと自慢の嗅覚まで鈍化してしまうらしい。


 そこで俺は満を持して登場すると、照れくさそうに笑ってみせた。


「ユ、ユートさまっ!?」


「もきゃあっ!?」


「見つけてくれないなんて酷いなあ。ラビとモコをびっくりさせようと思って隠れてたのに……」


「ぐすっ……そ、それじゃ、今までのことは夢ではなかったんでしゅねっ!」


「もひゅねっ!」


「ああ、もちろんだよ――って!?」


 涙目のラビとモコに勢いよく抱きつかれて、俺は押し倒されてしまった。


 よかったよかった……って、何気にモコも力が強いんだな。まあよく考えたら未知級だし、ステータスでは測れないものもある感じか。


 もし本当にラビの手から落ちるようなことがあったら、自身に『限界突破』を使ってなんとかしたのかもしれない。その場合、どういう風になるのかは不明だが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る