六八話


「…………」


 巨人ギガントを異次元の彼方へと消し去り、ファグたちとともにエルの都へ向かう途中だった。


 教室にいる俺の分身が異変を知らせていた。妙だな……。今は昼下がりくらいで、天の声とかはないはずなのに。


 ただ、何かあったのは確実だしちょっと様子を見てみるか。というわけで、俺は周りに見せつけるように欠伸すると、目を瞑らせた『アバター』を置いて教室前まで飛んだ。


「――なっ……」


【隠蔽】で姿を隠して教室を覗き込んだとき、俺は思わず声を出してしまった。


 自分の席に『アバター』がいないと思ったら、全開になった窓際にいて、しかも虎野たちに囲まれていたのだ。


「ふむ……どうだ、如月、後ろは谷底だが、死ぬのは怖いか?」


「ボスウ、こいつ怖さのあまりなんにも言えないっぽいぜえ」


「ホント、如月君って臆病すぎ。チキンにもほどがあるよ。何か言ったら?」


「おいコラァッ……クソ優斗、何か言えってんだよ。浅井さんがそう言ってんだからよぉ……」


 なるほど。分身だから反応がないってことで、逆に何も言えないくらいビビってると解釈してるみたいだ。周りからは止める声どころか、いいぞもっとやれとか、もう殺しちゃえとかいう声が上がる始末。まあ知ってたことだが、それにしても酷い連中だな。


「こらこらぁっ、君たち。生意気な如月優斗にお仕置きしたい気持ちはよくわかるが、その辺にしておくんだ……」


 クソ教師の反田が叱ってきたが、なんとも優しい口調な上、薄ら笑いまで浮かべていた。大体、生徒が殺されようとしてるっていうのにお仕置きってなんなんだよ。


 モンスターの襲来が迫っている状況とは思えず、2年1組の教室は終始和やかなムードで一体感さえあった。もしかしたら、こうして俺をいじめることで現実逃避してる意味合いもあるのかもしれない。


 よーし、だったらそんな陰湿すぎる空気は今すぐ払拭してやろうってことで、俺はその辺の教科書なんかを材料にして、『クリエイト』で反田や不良グループの遺影を作り、黒板に並べるようにして飾ってやった。


「「「「「っ……!?」」」」」


 たちまち教室内が不穏な空気に包まれていくのを感じるが、これだけじゃ物足りないってことで、俺は『ハルシーネーション』という幻聴が生じる効果の魔法を作り出した。


 これによって、坊さんのお経やポクポクという木魚を叩く音まで用意してやるんだ。それがなんとも効果的だったらしく、不良グループと反田の顔つきは見る見る険しいものになっていった。


 おい、犯人は誰だ、出てきやがれ等、怒号が飛び交ってる。これ以上ない剣悪なムードになってきたところで、今度は幽霊のようなすすり泣く声を聞かせてやるとともに、『テラー』+『ラージスモール』で生徒たちを震え上がらせる。


 今度は一転して、虎野に殺された生徒の祟りだとか、呪い殺されるとか言って青い顔になってる。いい感じだ。本当の葬式みたいな空気になってきたぞ。


 いやー、これは傑作だ。俺は『サイレント』で笑い声を封印するのに必死だった。永川の次は誰が処刑の対象になるか楽しみだし、傍観していたほかの生徒たちも同類なんだから覚悟しておけ。


「…………」


 ん? くすくすという笑い声が聞こえた気がして、廊下のほうを振り返ったが、誰もいなかった。幻聴効果の『ハルシネーション』を使ったばかりなだけに、気のせいだろうか?

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