26.
「おまえはここにいるベル・シアーズを迫害していたな!」
傲然と頭を上げ、口角を歪めて笑う様は勝利を確信しているからこそのものだった。
「はぁ…?」
「いずれ考えを改め、王太子妃となるにふさわしい人格を身につけてくれるだろうと様子を見ていたが、その気配はまるでない!もはや見過ごすことはできないっ!!」
「はぁ…」
「わたくし、ずっと怖かったのです…公爵令嬢でいらっしゃるし…やめて欲しいと言っても聞いて頂けず…」
泣き真似をしつつ両手で顔を覆った伯爵令嬢を優しく抱きしめながら、王太子は怒りに顔を歪めた。
普通にしていれば辛うじて美形の端っこに引っかかる容貌であるのに、猿のように皺が寄り、非常に残念である。
「自らが病弱で、王太子妃、王妃の職務に耐えられぬ身体であることを隠し、健康で美しい伯爵令嬢に嫉妬して迫害するとは言語道断!」
「はぁ…」
なるほど、学園は「体調不良」を理由に休んでいたから、「王家に嫁ぐに不適格である」としたいが、それだけでは王太子と伯爵令嬢の不貞の正当化が出来ないから、「エレミアが虐めていた」とさらに付け加えてきたのだろう。
「エレミア・デューク!おまえとの婚約を破棄する!!」
「そうですか、承知致しました」
わっと歓声が上がった講堂内でエレミアの承諾の声はかき消されそうだったが、王太子と伯爵令嬢には届いていたようだった。
二人揃ってしてやったりと言わんばかりの表情で笑みを浮かべた。
もっともらしく手を振って歓声に応えて見せて、落ち着いた頃に王太子は口調を変え、真剣な表情で講堂内を見渡した。
「さて諸君。問題はこれだけではないのだ。公爵家の重大な罪をここで、告発しようと思う」
演技ぶった大げさな仕草で胸に手を置き、苦しそうに眉を顰めて見せる。
しんと静まった講堂内で、王太子の気分は劇の主人公そのものだった。
「これは陛下も承知のことで、現公爵も認めたことである。諸君、我が国は魔虹石とドラゴン・ハートが主産業であることは当然知っていることと思う」
頷く面々を見やり、王太子も重々しく頷いた。
「さてこれらの主産業のうち、魔虹石の採掘から販売まで一手に担っているのが公爵家であった。これは建国の時代より続く公爵家の特権であり、利益は国へと正しく還元されてきた。…今までは」
一端言葉を切り、こちらを向いて王太子は指を指し、高らかに叫んだ。
「だが!この公爵家は魔虹石の採掘量と売り上げをごまかしていた!帳簿を確認したから間違いない!長年に渡って公爵家は利益を不正に貯め込み、我々を騙していたのだ!!」
「なっ…」
「そんな、犯罪じゃないか!!」
「唯一の公爵家のくせになんてこと…!!」
「優遇されているから調子に乗るんだ!!」
「ふざけるな!」
「公爵家なんてここ何代も無能揃いと有名だが、まさか不正蓄財だけは有能だったとはな…!」
散々な言われようである。
王太子と伯爵令嬢は満足そうに笑っているし、周囲の貴族達は喧々囂々の大騒ぎである。
ちらりと長兄を見れば、口元には穏やかな笑みを浮かべながらも明らかに目に感情はなかった。
義姉もまた同様であり、隣のリオンに至っては笑みすらもない無表情だ。
組んだ腕に少し力を込めれば、気づいた男が見下ろして、己の表情に気づいたのかわずかに口角を引き上げた。
感情的になっては負けだ。
最後まで、堂々としていよう。
エレミア達が反応せずじっと黙っているのに不満げな顔を見せたものの、王太子は再度講堂内を見渡して、手を挙げた。
「静まれ。諸君らの気持ちはよくわかる。僕とて非常に遺憾であり、信じたくはなかった。王家は建国からずっと、公爵家のことを信頼してきた。それがこの裏切り…我々の悲しみは計り知れない。だが彼らはきちんと反省をしてくれたのだ」
怪訝な様子を見せる貴族達に微笑みを返し、王太子は再度口を開く。
「不正を正し、きちんと納めるべき税を納めてくれた。当然と言えば当然のことなのだが、それに加え、公爵家はその爵位を返上すると、反省を見せてくれたのだ。建国の頃よりずっと、公爵家の功績は素晴らしいものだった。それは皆も知っているだろう。だから陛下はそれを認め、彼らが国を出ることで特別に罪も赦すことになさった」
「国外追放か…」
「自業自得だわ」
「極刑でもいいのでは?」
「それはさすがに…法を無視するわけにはいくまいよ」
「それにしても陛下は寛大でおられる」
「本当に。なんてお優しいのかしら」
口々に聞こえてくる言葉に、公爵家への配慮は一つもなかった。
わかっていたことではあるが、なんとも腹立たしい限りである。
「ゆえに、本日をもって我が国唯一の公爵家は消え去ることになった!当然、エレミア・デュークもまた国外へと去ることになる。新しい婚約者には、美しさと賢さ、そして優しさを兼ね備えたベルこそがふさわしい。今ここで、ベル・シアーズとの婚約を宣言する!」
「おめでとうございます!!」
真っ先に声を上げたのは伯爵令嬢の両親だった。
次々に上がる祝福の声に頬を染めながら令嬢は王太子に寄り添い、王太子はその肩を抱き寄せる。
「ありがとう皆!必ずやこの国をさらなる発展に導いてみせよう!!」
高らかな宣言に、歓声と拍手は大きくなる。
冷めた表情でそれを見ていたが、隣のリオンがくすりと笑いながら見下ろしてくるので見上げれば、指先がエレミアの眼鏡に触れた。
「それ、もういらないんじゃないか?」
「…確かに、そうね」
喜劇は余すところなく録画した。
母からの要望には答えたので、もはや不要だろう。
公爵家の面々もそろそろ退出する頃合いだ。仲良し王国の人々の輪から外れてしまった今、長居する意味もない。
大盛り上がりの大講堂も、ピークを超えれば落ち着いていく。徐々に静まる喧噪を横目に眼鏡を外し、三つ編みを解き、視界の大部分を遮っていた前髪をかき上げサイドに流す。
「ああ、やっぱり顔を隠すなんてもったいない」
「ありがとう、リオン兄様。本当はこんなことしたくなかったのだけど、ご希望だったから仕方なかったの」
「そうだったな」
顔を上げれば、呆然と目を見開く王太子と伯爵令嬢がいた。
それはどういう感情なのか、なんとも壊れかけのねじ巻き人形のようと言うべきか、小刻みに左右に揺れる身体と、赤くなったり青くなったりと忙しない顔色と合わせて、幼児の描いた歪な人物画のようにも見えた。
静まり返った講堂内で視線が方々から突き刺さるのを感じながら、エレミアは王太子に向かって初めて心からの微笑を浮かべた。
「婚約破棄、承りました。わたくし、他国で幸せになります!どうぞ我々のことはお忘れ下さい。それでは、失礼致します」
「…な…、な…、ま…、…ッ」
意味不明な単語を呟く王太子を置いてエレミア達四人は踵を返し、大講堂から外へ出た。
四人それぞれが指輪を嵌めており、魔力を込めて発動すれば一瞬後には新居へと辿り着いていた。
「ふふ、転移指輪、本当に便利ね」
「おかえり!皆!無事に終わったのね?」
迎えてくれたのは両親と次兄、そして妹である。
それぞれの指にもペアとなる指輪が嵌まっており、転移先として登録していたのだった。
「ただいま戻りました、父上、母上。ああ本当に不快極まりない喜劇でした」
「まぁまぁ、まずは着替えてゆっくりなさいな。詳しい話は談話室で聞きましょ。この屋敷の案内は明日でいいわね」
時刻はすでに午後八時を回っている。
着替えていたら夕食という時間でもなくなっているだろうから、談話室で軽食にしよう、という母の提案に皆が頷き、自国から連れてきた使用人達に案内されて各自部屋へと入って準備をした。
全く同じ内装や調度品に驚いたが、各人の部屋の物は当日移動し、それ以外の物は事前に全て運び出していた為に、容易であったらしい。
メイド達に感謝しつつ、談話室へと向かう。
両親と兄妹、リオンはすでに寛いでいたので混じり、それほど間もおかずに長兄夫妻もやって来て、断罪式について話をした。
「録画したものは日を改めて観せてもらうわね。なるほど、上手く考えたわねぇ」
「下らんことには頭が回るようだな、王家の連中は」
「まぁでも、当たらずとも遠からず、と言った所ねぇ」
「え?どういうことですか?」
両親の会話に首を傾げたダニエルに、両親は意味深長な笑みを向けた。
「売り上げをごまかしていた、って所だな」
「え!?」
父の発言に、一同目を見開く。
「誤解しないでね。不正なんてしていないのよ」
母の擁護に、エレミア達もさらに首を傾げることになった。
「どういうことですか?」
「先代虹色の瞳の娘の件は話したな」
父が話し出し、皆背筋を伸ばした。
「はい」
「世界に働きかけを行い、魔虹石の需要は減った。とはいえ往時の半分程、実際の所我が国…ではもうないが、あの国で担っていたのは今では半分のさらに半分…往時の四分の一程か。残りは商業国家が負担してくれている」
「え…」
「それを、往時の頃と同じだけ採掘を行い、売り上げがあったとして国庫に入れていた」
「え…?待って下さい、それって我が家が身銭を切っていたということですか?」
「そうだね」
「それは…」
「魔虹石関係は現公爵の領分で、おまえにはまだ任せていなかったから知らないのは当然だ」
唖然とする長兄夫妻や次兄を見つつ、エレミアは顎に指先を当てて考えながら呟いた。
「もしかして…埋蔵量がもうない、ということ?」
「エレミア…」
長兄は名を呼び、すぐにはっとして父を見た。
父はにんまりと笑い、頷く。
「その通り。だがそれを気づかせてはいけなかった」
「…ああ、なるほど…」
長兄が頷き、義姉もまた納得したように頷いた。
「高くついたが、計画通りというわけだ。まだ多少掘れるが、時間の問題だ。あとは好きにすればいい。我々の手は離れたのだから」
「負担がなくなったから、随分楽になるわ。今後は世界の発展の為に使っていきたいわね」
「そうですね」
母が微笑みながら顔を上げ、エレミアとリオンを順番に見ながら目を細めた。
「リオンくん、エレミアをよろしくお願いしますね」
「はい、もちろんです」
「エレミア、あなたは自由になったのよ。自分の生きたいように、生きなさいね」
「ありがとう、お母様」
「さぁ、今日は疲れただろう。早めに休んで、明日また朝食を共にしよう。リオンくんも泊まっていくだろう?」
「お邪魔でなければ」
「邪魔なわけない。明日はエレミアと一緒に屋敷を見て回るといい」
「ありがとうございます」
眠そうに目を擦っている妹の頭を撫で、エレミア達は自室へと戻る。リオンには客室が用意されていた。
ベッドに横になれば、今までの辛かった記憶が一気に甦ってくる。
五歳で「気持ち悪い」と王太子に拒絶されたこと。
王妃に毎回火傷させられたこと。
誰も近づいて来ない学園での生活。
嘲笑されるだけの存在だったあの頃。
夢の内容は一部は現実になったけれども、実際の展開は大きく異なっていたし結末は全く違うものとなった。
一人じゃない。
理解してくれる人がいる。
共に生きようと言ってくれる人がいる。
今、エレミアは幸せだ。
もっともっと、幸せを探したらいい。
楽しいことを探したらいい。
悲しいことも辛いことも、生きているのだからあるだろう。
でも、それを共に乗り越えてくれる人を大切にすればいい。
よく頑張ったね、エレミア。
ここから先の人生が、良きものでありますように。
たくさん努力をしよう。
幸せになろう。
『私』と一緒に、頑張ろうね。
ベッドの中で目を閉じながら、そう語りかけて眠りについた。
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