22.

「俺はエレミアより年下だが、成人したら君と結婚したい。婚約してくれないか?」

「子爵令嬢と仲良くなさってね、ハリー。わたくしと結婚しようものなら、後宮は持てないし一生わたくし一人に縛られることになってしまうけれど、いいの?」

「えっ…いや、俺は…」

「後宮に入る候補の女性達、着々と決まっているのでしょう?」

「……」

「皇国の後宮は華やかで有名ですもの。皇王陛下と皇太子殿下しか持てないのよ?陛下の後宮は三十人いらっしゃるそうじゃない。賑やかで素敵ね」

「……」

「陛下に求婚して来いと言われたの?いいのよ、無理しないでね」

「違う、俺は…」

「あ、ほら。子爵令嬢が来たわよ」

「げっ」

 皇国で過ごす最終日、挨拶の為にハリーの部屋で話をしていたのだが、やはりと言うべきかオーウェン子爵令嬢がやって来たのだった。

「ハリー!遊びに来ちゃった!…あら公爵令嬢様、まだいらっしゃったのですね。…はっまさか、私のハリーを奪いに…!」

「違います。これでお暇致しますわ。ではまたね、ハリー。お邪魔しました」

「待ってくれ、話はまだ終わってない!」

「でも彼女がいらっしゃったし、ご用があるのではないかしら?」

「ええ、今日はお婆様からハリーにって、美味しいフルーツを頂いて来たのよ」

 彼女の祖母は、エレミアの祖母の妹の一人である。

 侍女に渡しているそれは、バージル王国特産のドラゴン・ハートだった。

 彼女の祖母は父から見れば叔母であるから、当然今回エレミアが皇国にいることを報告している。

 今日が最終日であることを知っていて、わざわざ持たせる意図は何だろうか。


 これは、わたくしに対する牽制だろうか。


 …周囲を優しい人達ばかりに囲まれて生きていた頃は、エレミアは素直でいい子だったと自負している。前世の記憶が混じり、各国を回るようになってからは歪んで来たなと自覚する。

 やはり周囲の環境が性格に与える影響というのは大きいのだ。

 ハリーを見やれば、大事な話を遮られた苛立ちが見てとれるものの、やはり自分から彼女を叱るようなことはない。

 それが彼女を増長させていることに、気づかない。


 嫌われたくないのだろうことは理解するが、その判断の甘さがいずれ後悔に繋がらなければいいですね、としか思えない。


 口出しする気も、邪魔する気もなかった。

「良かったわね、ハリー。ドラゴン・ハートは皇国でも人気の果物だと聞いたわ」

「あ?ああ、そうだけど…」

「ではごゆっくり。わたくしは第二皇子殿下にご挨拶してから帰るわね。見送りは結構よ」

「待ってエレミア、せめて転移装置まで見送りに…」

「あら、せっかくの果物だもの。すぐに召し上がって?見送りなら第二皇子殿下にして頂くから大丈夫」

「そんな…」

 子爵令嬢は我が物顔でハリーの隣に腰掛けていた。

 皇王としては、子爵令嬢よりも公爵家直系の娘に嫁いでもらった方がいいに決まっている。後宮がなくなれば予算の大幅な削減も出来る。国の為、これ以上の良縁は存在しないだろう。

 だが肝心の皇太子がこれでは。

 彼は結婚して欲しいと言いながら、「エレミア一人に縛られる」と言ったら戸惑ったのだ。

 そこは断言して欲しかった。

 公爵家の娘が皇国の王や皇太子に輿入れしたのはもう、数百年は昔のことになる。

 後宮が当たり前に存在する国や相手に嫁ぐのは、やはり簡単なことではないのだと実感する。

 しかも求婚する、という重要な時に、他人を部屋に近づけさせない、という配慮すらできないのだ。


 肝心な時に断言も配慮もしてくれない相手に嫁いで、幸せになれるとは思わない。


 「親戚」として付き合う分には構わなかった。

 内実を知ってしまった今となっては、この国で暮らすことも、皇太子と結婚することもあり得ないことである。

 家族には全て報告している。


 すべて、だ。


 子爵令嬢のことも当然、報告していた。

 それが各国を一人で回ることに対する約束であったし、他意はない。

 その後をどうするか判断するのは、公爵家当主の仕事である。

 

 皇妃になれたら、いいですね。


 ああ本当に性格が悪くなってしまったな、と思いながらも、表面上はにこやかに微笑みながら皇国を後にした。

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