15.
結界の儀式見学の為、各国を短時間とは言え回ってみて、気づいたことがある。
魔導王国と皇国には我が家にもよく遊びに来てくれる王子が一人ずついるのだが、公式に紹介された時、二人には貴族のご令嬢がべったりと隣に張り付いていた。
魔導王国の王子には「秘書」として侯爵令嬢が、皇国の皇太子には我が家と親戚にはなるものの、エレミア自身付き合いはない子爵令嬢が「幼なじみ」として立っており、あからさまな警戒と威嚇の視線を向けられ苦笑した。
「バージル王国王太子殿下の婚約者ですよね?」「私の好きな人、取らないですよね?」「わたくし、彼ととても親しいんですの」という態度で、目は口程に物を言う典型例を見た気分だった。
女同士の骨肉の争いに参加する程王子達に思い入れはなかったし、国に対してもそうである為、魔導王国と皇国は産業自体に余程惹かれる物がない限り、移住はしなくてもいいかな、と思ってしまった。
どうしてもエレミアには「バージル王国公爵令嬢」という立場があるので、彼ら彼女らと不干渉ではいられない。初対面の女にマウントを取ってくるような相手と、好んで関わりたくもない。
王子達はエレミアに対してとても好意的に接してくれる分だけ申し訳ない気持ちにはなるものの、面倒はごめん被りたいところであった。
理由は違うものの、帝国もまた定住したい所ではないかな、という印象を持った。
オズワルド帝国はバージル王国の建国の祖である兄弟が生まれ育った国である。
帝国を捨ててかつて魔王が住んでいた廃城へと逃れ、人々を集めて国を興したが、基礎は帝国と同じである。
帝国の方が近代化は進んでおり、貴族の婚姻制度も随分と緩くなりはしたものの、上位貴族になる程政略結婚は色濃く残り、まだまだ貴族女性の社会進出は他国に比べれば進んでいなかった。
公爵令嬢たるエレミアとしては不便を強いられるだろうことは明らかであり、また帝国には年齢の近い王子もおらず、上位貴族の男性には婚約者がすでにいるのが現状だ。
どのような職業に就きたいかはまだはっきりと決めてはいないものの、下手に帝国へ赴けばいらぬトラブルを背負い込む危険性があった。
「バージル王国公爵令嬢」という肩書きは、自国においてはたいした価値も見出せないが、他国においては非常に重要なものなのだということを自覚せねばならない。
おそらく市井で生活するという選択肢は最後の手段だろう、と思っている。
家族が心配するし、立場もある。
できるだけ警備や自衛の手段の取れる肩書き、場所で働き、恋をするにも家族が安心できる立場の相手が理想である。
市井に混じろうと思っても、周囲に迷惑をかけてしまうだろうことは想像に難くない。
結婚は強制されることはなかろうが、前世子供に恵まれなかったエレミアとしては、今世では幸せな結婚をして子供を授かりたいと思っていた。
となると、商業国家か聖王国か。
商業国家ファーガスは自由の国である。
貴族制度はなく、民は平等であるとされていた。
実際には貧富の差による格差がそのまま身分差のようになってはいるのだが、商売を始めるのは他国に比べれば簡単であるし、領地の貴族にうるさく口出しされ利益を横取りされることもない。
収入によって納める税は決まっており、働いたら働いた分だけ報われる国だった。
前世暮らしていた資本主義の先駆けのような存在であり、最も興味の惹かれる所でもある。
元首一族が議会の過半数を占めてはいるものの、残りは区分けされた地域の代表者達であり、任期があり複数名の交代制である為、不正は起こりにくくなっているようだった。
ゆっくり商業国家を見て回りたい、と期待を膨らませつつ、エレミアはまず魔導王国でお世話になる為王宮へと転移し、王族の皆様にご挨拶をする。
人間関係はともかく、各国の発展具合や特色は興味があった。
聖王国の王宮は白亜の城と呼ぶべき美しさがあったが、魔導王国はファンタジーゲームに出てくるような魔法と中世ヨーロッパとの融合、と言った雰囲気だった。
王宮の階段は使うことはもちろん出来るが、三階以上へ上がる際には主に魔導床を使う。言ってしまえば床に魔法陣の描かれたエレベーターであり、魔導床は円形で、しかも壁は透明でほのかに青く輝いている。中世の城の外観をしているにも関わらず、至る所に近未来SFのような壁やコンソールパネルが存在し、重要な扉前には人間の護衛が複数立って警備をし、さらにコンソールパネルで登録された魔力を通し、扉を開くというちぐはぐさが相まって慣れるまでは軽く混乱したものだった。
街も転移装置が普及しており、一番街から三番街行き、五番街行き、など細かく指定され、国民であれば無料で使用できる。
乗り物は馬車などもはや骨董品の扱いで、国事の際、王族が王都の大通りを顔見せでゆっくりと回る際に使われているくらいだという。
民達の足はもっぱら転移装置と自動運転のバスである。
バスとは言ってもタイヤはなく、地上から少し浮いている。転移装置から転移装置までを、道路に通した魔力の道筋通りに走ると言うもので、何カ所か停留所があり、動力は魔虹石であるという。
王都には普及しているが、地方都市ではまだまだ馬車が主力であるらしかった。
この国は電気の代わりに魔石と魔術を使用している。
つまり、メインは魔道具だ。
この国は魔道具技術の最先端であり、魔石と魔法術式を組み合わせることに長けていた。エレミアにはどのような技術で転移ができるのか、エレベーターのように動くのか想像もつかないが、夢のある国だと思う。
一般市民でも、王都の民は家に入れば魔道具に手をかざして家中に明かりをつけ、風呂も手をかざすだけで沸かし、シャワーも自由に使え、調理も魔道具を使用することで焼くのも温めるのも自在だというのだった。
王都にいれば、前世日本での暮らしが再現できそうであり、興味をそそられる。
この国において、魔道具研究所は最も権威があり、最難関とも言われる大人気の就職先であるという。
そこの次期所長と目されている王子マークは、本当に優秀な男なのだ。
魔導王国に来てから、午前中はマークが付きっきりで街を案内してくれ、午後はオードリーが遊んでくれる。
それはとてもありがたいことなのだが、マークには必ず秘書である侯爵令嬢が付き従って来ており、ことあるごとに会話に割り込んでくるのが地味にストレスといえばストレスであった。
王都で人気のカフェに連れて行ってもらった時には、
「ここは女性に一番人気のカフェだそうだよ。個室を予約したから、ゆっくり過ごそう」
「ありがとう、マーク」
エスコートされて個室でおしゃれなソファに腰掛け笑みを向ければ、後ろに立っていた令嬢がふん、と鼻を鳴らして口を挟む。
「わたくしのお気に入りの店ですの。本当でしたら個室は三ヶ月待ちなのですけれど、融通してもらいましたのよ」
「…まぁ、そうなのですね、ありがとうマーク」
にこりと笑みを向ければ、マークは頬を染めて頷いた。
「喜んでくれて嬉しいよ、エレミア」
向かいにマークが腰掛け、令嬢は堂々と同じテーブルに着いていた。
秘書なら遠慮しない?
と内心思うものの、マークは特に咎めることはしないし令嬢も平然としているので、この二人はこれが普通なのだな、と納得するのだった。
ケーキも紅茶もとても美味しかったものの、個人的な話はできず終始魔導王国の産業についてや、以前公爵家に持ち込んでいた魔道具の進捗などについて話をした。
王子を差し置いて話に割り込んでくる令嬢は正直どうかと思うものの、彼を取られたくないからこその牽制なのだろうと思えば微笑ましくはある。
「そういえば、転移指輪がとりあえず先行販売の形にこぎつけてね。リオンが直々に受け取りに来るよ」
「あの指輪、販売が決まったのね。わたくしにも売ってくれる?何かで使うことがあるかもしれないもの」
「もちろん、公爵家の皆には差し上げるつもりだよ。フィードバックも欲しいし」
「ありがとう!」
「まぁ…殿下、よろしいんですの?あの指輪はとても手間暇かかった高級品ですのよ」
令嬢の口出しに、マークは苦笑を返す。
「公爵家に試作品を持ち込んで助言をもらってるんだ。それにエレミア達に出来た魔道具を差し上げているのはいつものことじゃないか。どうして今更そんなことを?」
「…それは…、常々思っておりましたの。助言ということであれば、研究員やわたくし達も全力で作成に当たっておりますのに…」
「僕だけでなく、我が国にとって公爵家は大切な存在なんだ。自明なことなのに、おかしなことを言うね」
「…も、申し訳ございません、ただ、わたくし…殿下の為にいつも頑張っておりますのに…」
他人にくれてやるくらいなら、頑張っている自分にもくれ、と言いたいのだろうか…。
カップに口を付けながらも、エレミアは口出しはせずに会話の行方を見守った。
マークは溜息をつきながら、首を振る。
令嬢に対しては常に一線を引いた態度で接している彼に、恋愛感情はなさそうである。
無礼な振る舞いを咎めることはないので、気安い関係ではあるのだろう。
こちらに向けるマークの視線が明らかに好意的であるからこそ、令嬢は危機感を覚えるのだろうと推測する。
振り向いて欲しくて必死なのだろうな、と思う。
「製品化した物を自国の民に配っていてはキリがないだろう?」
「…プレゼントしては、くださらないのですね…」
すごい、堂々と要求したぞこの令嬢。
「僕が?」
おおっと、嫌そうな顔だ王子~。
内心で実況でもしなければ、なんとも馬鹿らしくて居たたまれないエレミアであった。
「…じょ、冗談ですわ。本気になさらないで」
「そう。ならいいけれど」
この二人の関係性がよくわからないな、と俗なことを思いつつも、貴族令嬢として完璧な微笑を浮かべたままカップをソーサーに戻したエレミアに向けるマークの笑顔は、優しく甘い。
「先に君に指輪は渡しておこうか。リオンと会うかい?」
「ええ、会えるなら会いたいわ。リオン兄様は相変わらず身軽にあちこち出歩いているのね」
「商売になりそうな物を見つける為には、常に目を光らせておかないと、というのが持論らしいからね。今日も本当は納品の予定だけだったのに、彼自ら見届けたいっていうから。部下を引き連れてやって来るんだよ」
「リオン兄様らしいわね」
午後から来るというので、昼は王宮で共にし、魔道具研究所の応接室で商業国家次期元首を迎える為にカフェを後にする。
店員がマークに話しかけている隙に、令嬢から呼び止められ振り向けば、ギロリと敵意の籠もった視線を向けられたのだった。
「…あなた様は、バージル王国の王太子妃となられるのですよね…?」
「あなたに何か関係がございますの?」
首を傾げて微笑めば、令嬢は視線を逸らす。
「…あの方のお心を、弄ばないで下さい」
「そんなつもりはないけれど」
どこに弄ぶ要素があったというのか。この令嬢が常にマークに張り付いて監視しているではないか。
「あの方は、わたくしがお支えしております。他を当たった方がよろしいですわよ」
一方的な宣戦布告である。
以前のエレミアであれば萎縮してしまっていたかもしれないが、前世を思い出した今では取るに足らないものだった。
地位、立場、彼から向けられる感情、どれをとってもこの令嬢がエレミアに勝てる要素はない。
彼女が勝っているのは、彼への愛情の大きさだろう。
本気でエレミアがマークのことを好きになれば、この令嬢を蹴落とすことになるのだろうが、まだ恋愛感情で好きなわけでもない彼に対して、「取るな」と牽制されるのはどうにも気持ちのいいものではなかった。
エレミアの最優先は、就職先を決めることだ。
取らないよ、と断言してしまえば楽なのだろうが、まだ確証は持てない。
万が一この国に就職したいと思った時に、この令嬢が今後も関わって来るだろうことは目に見えている。
公爵令嬢の立場は、他国の王族、貴族とは無縁ではいられないのだ。
マークと関わろうとすれば、秘書である彼女はどこにだってやって来て、今のように牽制し、敵視されるのである。
面倒だな、と思う。
マークのはっきりしない態度にも、思うところはあるのだ。
即答は避け、曖昧な微笑を返す。
「まるですでに自分のモノであるかのような言い方をされるのですね。心に留めておきますわね」
「エレミア、お待たせ。行こうか」
何か言いたげに令嬢は口を開いたが、先にマークが振り向いたので口を閉ざした。
「ええ、行きましょう」
差し出される手を取って、店を出る。
転移装置を使って王宮まで戻るので、移動はすぐだった。
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