11.

 魔導王国ガルシア、商業国家ファーガス、オズワルド帝国、ドイル皇国の順で回ることになり、エレミアはせっかくだから近いうちに各国へ三週間程お邪魔する旨を伝えておこうと思っていたが、訪ねた先の魔導王国女王や王子王女はすでにエレミアの事情を知っていた。

「遊びに来てくれるのを楽しみにしているよ。もうすぐだろう?」

 女王陛下は威厳溢れる美しい女性である。

 母がおっとりしているのに比べ、姉である女王はしっかりしており、厳格でありながらも慈悲深いとして民に慕われている。 

 王子マークは、我が家にしょっちゅう遊びに来てくれる魔道具研究所に勤める次期トップの男で、次期女王はその妹オードリーである。

 女王の王配は魔導王国の公爵家の次男であったが、その祖母は我が家の祖父の姉であった。

 女王の祖母の王配は、我が家の血が流れるドイル皇国の公爵家の次男だった。

 各国の王家や上位貴族とは、必ずどこかで繋がっているのだった。

「ありがとうございます、陛下。あと二週間程ですか、甘えさせて頂きますわね」

「陛下だなんて他人行儀な。…遊びに来た時には、ちゃんと伯母と呼んでおくれ」

「はい、必ず」

 聖王国と魔導王国の二国間にも血縁関係は存在するが、ここ最近縁談はないようだった。だが親戚であることには違いなく、女王はフェリックスにも優しく声をかけ、フェリックスもまた笑顔で頭を下げた。

「二国間の貿易に関する実務者協議は数日前から行われているが、王太子殿下がご多忙故、日程に全く余裕がないのが残念だ。午後に儀式、明日の夕食後には帰国、でよろしいか?」

「はい、お時間を頂き、感謝致します」

「なに、結界の儀式は最重要事項だ。我が国のダンジョンが問題なく稼動しているのは、聖王国の結界のおかげだ」

「ありがたきお言葉」

「もっとゆっくり話が出来ればいいのだが。…本日の夕食は、いつも通り部屋に運ばせて良いのだろうか。エレミアは我々と共にどうだ?」

「そのことなのですが陛下、今年は私も共にさせて頂いてよろしいでしょうか?」

 王太子の発言に、女王は戸惑ったようだった。

「それはもちろん願ってもないことだが、いつも体調を崩しておられる。大丈夫なのだろうか?」

「はい、今年はエレミアが癒してくれることになりました」

「なんと?そんなことが出来るのか?エレミア」

「はい、魔力譲渡を行います」

「魔力譲渡は全くもって割に合わぬものだが…ああいや、エレミアの魔力量ならば問題ないのか…」

「全く問題ございませんわ。お任せ下さいまし」

「そうか、さすがエレミア。では夕食は皆で共に」

「ありがとうございます、陛下」

 午前中に魔導王国へ赴き、午後から儀式、翌日には帰国とは、全く余裕のないスケジュールなのだなと思う。転移装置があるから移動に費やす時間を節約出来るとはいえ…と思っていると、共に客室へ向かう為にエスコートしてくれているフェリックスがくすりと笑った。

「エレミア、どうしたの?難しい顔をしているね」

「忙しないなと思って。隣国から王太子が儀式の為に来る、となると、もっとゆっくり滞在期間があってもおかしくなさそうなのにって」

「ああ…。転移装置がなかった頃は、移動に時間がかかっていたからね、各国で儀式を行って、帰国するのに一年がかりだったそうだよ」

「それはすごいわね」

「だろう?毎年それだと、公務などできやしない。その頃の名残で、自国は王が、他国は王太子が回ることになったんだ」

「王が自国を年中空けるわけにはいかないものね」

「そうなんだ。もともと儀式の後は魔力切れで一日動けなくなるのはどの時代の王太子も同じでね、事務官達がしっかり働いてくれている横で、王太子は儀式後はのんびりしてたんだけど、転移装置ができたからには、さっさと自国へ帰って公務をしつつ体調を整えて、また他国に行けって寸法さ。便利になった分だけ仕事が増えてしまった…」

「皮肉な現実なのね」

 笑いながら言えば、苦笑が返る。

「年中旅行をしているに等しい状況というのは、なくなった今となっては羨ましくもあるけどね。でもずっとだとそれはそれで辛そうだ」

「そうね」

 昼食を食べて着替え、向かった儀式の間は聖王国のものと大差なかった。

 祭壇の上に立つ大きな魔虹石もまた、変わらないようだ。

 魔虹石は魔力を蓄えるだけでなく、何倍、術式によっては何十倍にも増幅して魔術を展開する事が出来る貴重な魔石だった。

 魔獣から採れる魔石には決まった魔力量しか入れることは出来ず、等倍の力しか発揮できない為に、魔虹石は大規模な魔術を使用する際には必須とされており、魔導技術や文明の発展に伴いその需要はとどまるところを知らない。

 魔虹石の一大産地は我が国である。

 各国はこぞって魔虹石を欲しがり、大変な貴重品なのだった。

 九割を我が国が、一割は商業国家が産出しているが、埋蔵量は無限ではない。

 我が家はかなり昔から、魔虹石のみに頼らず済むよう、魔石での代用法や魔道具の普及を推進させ、魔虹石への依存度を減らそうと試みてきた。

 魔道具の発展は目覚ましいもので、今や大陸中の生活必需品になっている。魔導王国は我が家と手を組み、魔道具を生み出したことで今や最先端の魔導技術国なのだった。商業国家と並んで豊かであり、文明も進んでいる。

 魔導王国をゆっくり観光するのを楽しみにしながらも、聖王国の客人として参加した儀式後にはフェリックスへと魔力を譲渡し、夕食は魔導王国の王族と共にした。

「これで一年安泰だな。毎年のことながら、本当に助かるよ、ありがとう」

 女王の言葉に、フェリックスは微笑む。

「お役に立てて光栄です」

「実は毎年来て頂くのも申し訳ないだろう?数年に一度で済むように、魔虹石の加工もしくは魔道具で補助はできないのかと苦心しているところでね」

「…それは…できたら素晴らしいことですが、これは私にとっては重要な公務故、お気になさらず」

「いやいや、毎回儀式後はとてもお辛そうなのが申し訳なくてね。体力を回復させるポーションは存在するが、魔力を回復できるポーションはまだ存在しない。せめて魔力を回復させる手段があれば良いのだが…、今年はエレミアがいてくれたから問題はなかったが、本来他人への魔力譲渡など出来ることではないだろう」

「そうですね」

 納得している面々の中、エレミアは首を傾げた。

「…あら、伯母様の国の優秀な魔道士であれば、可能では?」

「簡単に出来るのは、エレミアが特別だからだよ。仮に魔力が百ある魔道士が全ての魔力を譲渡したとしても、相手側に浸透させられるのは一が精々、というのが現実なのだ。王太子殿下を動ける程に回復させようとすると、我が国の魔道士何十人が空っぽになっても完全回復などできないよ。各国の王族と、君の家系の魔力量は、貴族とは比べものにならぬ程に多いが、私が全て譲渡したとしても、身体を起こせるようになるかどうかさ」

「そんなに…?」

「虹色の瞳を持つ我が姪は自覚していないと見える。その瞳は神の血が色濃く出ている証拠だというのに」

「神?…我が家の初代の奥方がこの瞳であったとは聞いていますが」

「え…?知らない?」

 女王だけでなく、王子や王女も驚いている。

「え…はい…フェリックスは知っている?」

 隣に座っている男に問えば、当然と言わんばかりに頷いた。

「むしろどうして知らないんだい?びっくりしたよ。そちらの家の教育方針なのかな?成人したら教えるとか?…婚姻の際に、知らせるつもりだったとか?」

「四代ごとに何故虹色の瞳の娘が王家に嫁がねばならぬのか、少なくとも各国の王家…親戚一同は理解しているよ」

 女王の言葉に、エレミアは目を瞬いた。

「え…知らないのはわたくしだけ…?」

 何故家族は誰も教えてくれなかったのか。

 疑ったりはしない。

 家族はいつでもエレミアのことを想ってくれていることを知っている。

 何か重大な理由があるのだろう。

 容易に話せない、何かが。

「私達が勝手に話してしまうのは筋違いというものだ。家に帰ったら、家族に聞いてごらん」

 マークに言われ、頷く。

「もし時期を待っていた、という理由があるなら、余計なことを言った、と叔母様に叱られるかもしれませんよ?」

 オードリーの笑い含みな言葉に、女王は眉を顰めて溜息をついた。

「あの妹は怒ると怖いんだよ…勘弁してくれ。だがエレミアは自分自身のことだし、知っておくべきだと、私は思う。…まぁ、家族と相談しておくれ」

「はい、ありがとうございます」

「エレミアの魔力は特別なものだ。…だが勘違いしないで欲しい。それがあるからではなく、我々は皆、エレミアのことを大切に想っているよ」

「はい、理解しております」

 だって今まで誰もエレミアの瞳のことや魔力のことを話題にしたことがなかった。

 家族はもちろん、遊びに来てくれる親戚達の誰一人。

 知っていて当然と思っていたとしても、「神の血」と言われれば利用したくなる者がいてもおかしくはない。

 でも誰も何も言わなかったし、理不尽なことを求められたこともない。

 …あの王家の「理不尽」な対応は「望まぬ婚約者」に対するものであって、「神の血を色濃く継ぐ者」に対する態度ではなかった。


 …もしや、あの王家も知らない…?

  

 エレミアが「神の血」などというご大層なものを持つ娘だと知っていたら、あんな態度で接してくるわけがないと思う。少なくとも機嫌を損ねないよう、大切に扱おうとしただろう。…王太子はあんな感じだから無理としても、王や王妃は目を光らせて然るべき案件である。

 それがないということは、公爵家がずっと伏せていた可能性に辿り着き…やはりエレミアに話していなかったのは、あえてなのだろうと結論づけた。

 聞けば教えてくれるだろう、とも。

 夕食を終え、泊まって行けと言われたけれども、帰宅すると告げれば誰も強く引き留めはしなかった。

「じゃぁ明日、君のおかげで身体が動くようになって夕方まで時間が出来たから、この国を少し見せてもらわないかい?」

 フェリックスの提案に、笑顔で頷く。

「ええ、ぜひ!」

「私が案内するよ」

 にこやかに微笑む王子ルークは今日もとても麗しかった。

「ありがとう、ルーク」

「わたくしも一緒に行きたいのに…!学園を欠席させてくれないのよ!」

「オードリー、勉強は大切よ!しっかり頑張ってね」

「頑張るけれど…、その分、この国に遊びに来てくれた時には時間を取れるようお母様にもお願いしたの!あと少しだもの、我慢するわ」

「ええ、その時には是非一緒に遊んでちょうだいね」

「もちろんよ!楽しみにしてるんだから!」

 次期女王である彼女もとても麗しい。

 初代女王は召喚された黒髪黒目の魔女であり、名前は「ミナコ」であったという。日本人であったことは確実だが、代が続くに従ってもはや日本人顔の片鱗といえば黒髪黒目くらいしか見当たらない。皆、目鼻立ちのはっきりとした美男美女であった。

「家に帰ったら早速家族に聞いてみるわ」

「…無理強いしてはいけないよ」

「そんなことしないわ。事情を聞くだけ」 

「学園の卒業を間近に控えた今なら、隠す必要もなかろう。聞けば教えてくれるだろう」

「陛下、今日は貴重な機会を頂いてありがとうございました。わたくし自身のことも、知るいい機会になりましたわ」

「ああ、妹に怒られずに済むよう、立ち回ってくれると嬉しいよ」

「お任せ下さいませ」

 笑顔で別れ、転移装置で帰宅した。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 執事やメイドが迎えてくれ、両親に時間を取って欲しいと頼めば、自室で着替え終わる頃には「談話室で」と返答があった。

 

 さぁ、エレミアの秘密を、聞きましょう!


 期待に胸を膨らませ、談話室へと向かうのだった。

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