10.

 翌日、戦闘はさせないと事前に言われていたものの、ダンジョンを歩くのに邪魔にならないよう、もし戦闘になっても動けるようにシンプルなパンツスタイルにブーツを合わせて聖王国へと転移すると、いつも通りの格好をしたフェリックスが迎えてくれて拍子抜けする。

 街歩きをする時に着る質素でシンプルな服ではあるが、平民には見えない。下位貴族のお坊ちゃま、といった風情に王族の美形顔が乗っているのだから、下位貴族のお坊ちゃまにも正直な所見えなかった。

「おはよう、エレミア。今日も綺麗だね」

「おはよう。ふふ、ありがとうフェリックス。貴方も素敵よ」

 エスコートされて短い距離を歩き、ダンジョンがある聖都外れ行きの転移装置で移動する。

 王宮からの転移先は、ダンジョンから徒歩圏内にある冒険者ギルド支部の地下にある隠し部屋であった。

 護衛騎士がずらりと並ぶ狭い部屋で、エレミアは人口密度の高さに思わず苦笑する。

「…昨日も思ったけれど、すごくびっくりするわね」

「王宮からの直通だから、バレないように隠しているんだ。これを知っているのは支部の中でも、ほんの一部の幹部だけなんだよ」

「安全には代えられないものね。…今日はよろしくお願いします」

 護衛騎士達に言えば、一斉に頭を下げられた。

「じゃぁ行こうか。彼らが前後を護衛するから、一緒に歩こう」

「ええ!」

 ギルドマスターに見送られながら冒険者ギルドの裏口から外に出るが、護衛騎士が前後に五人ずつついているのでとても目立つ。ダンジョンまでの道のり、人々の視線に晒されながら歩くのは苦痛であったが、王太子は平然としていた。さすが、と思う。

 ダンジョン周辺は閉鎖され、聖騎士団員が等間隔で並んで監視していた。

 聖騎士団は教会の管轄であり、「神の下僕」として有事の際には最前線に立つ精鋭部隊であると同時に、聖都を守る騎士である。

 地方を守る騎士団は、各地の領主が管轄している。

 辺境の魔獣討伐は騎士団が、ダンジョン管理は聖騎士団の役割となっていた。

 王太子の護衛騎士は聖騎士団員であり、精鋭なのだった。

「じゃぁ入るけれど、手を出しちゃダメだよ」

「やっぱり、ダメなの?」

「もし君が怪我でもしようものなら、私が平常心ではいられなくなる。大人しく見ていて」

「…わかったわ」

 王太子は帯剣しているが、戦うつもりはないのだろう。

 ダンジョンは地下へと階段が伸びており、先導する護衛騎士について地下一階へと降りる。地下一階は、薄汚れた壁に四方を囲まれた何もない空間だった。四角い部屋の先には道幅の狭い通路があり、先へと進めるようになっているのだが…なんというか、レトロゲームに出て来るドット絵迷宮を立体化したらこんな感じかな、といったシンプルさである。

 何もない空間に、魔獣がまばらにうろついている。

 ハリネズミのような魔獣、ウサギのような魔獣、テントウ虫のような魔獣…。野原に行けば出会えそうな動物や昆虫が、凶暴化しているような印象を受けた。

 明らかに動物ではない、と思うのは、魔獣に共通して深紅に輝く瞳であった。

「ぱっと見は可愛いけれど、瞳を見ると凶悪ね…」

「そうだろう?仲良く出来ないのが残念だよね」

 護衛騎士が魔獣を蹴散らして行くのを見守る。

 魔獣は倒されると死骸になるが、しばらくすると死骸が消えて魔石とドロップ品と思われる毛皮や角、羽等が顕れる。

 本当にゲームの世界みたいだな、と思ったが口には出さずに飲み込んだ。

 倒してはドロップ品を回収していく騎士達の様子は手慣れており、魔獣はこういう仕様なのだな、と理解した。

「十階までは同じような作りになっていて、十一階からは草原地帯になるんだ」

「へぇ…景色が変わるの?」

「そうなんだ。不思議だよね。ダンジョンは魔王や魔族が討伐されても大陸に残った遺物でね。創世神が作ったという説が一般的だけれど、魔王が討伐されるまでこの大陸に人はいなかったとされる。このダンジョンは何の為に作られたのか、というのが未だにわかってないんだ」

「魔王が鍛錬していたとか?」

「まさか。魔王にとってはこんなダンジョンの魔獣なんか相手にもならないよ」

「そうなのかしら?」

「魔王はとてつもなく強大な力を持っていたという話だからね。だからこそ謎なんだよ。魔獣がダンジョンから外に出て来ないよう張られた結界も、魔王がいた頃からあったらしい」

「数が多すぎて相手にするのも疲れるから、結界を張ったのかしら」

「ははは、だとしたら魔王はとてもものぐさだったのかもしれないな」

「そ、そうね…」

 各国に存在するダンジョン全てに結界が張られていて、それが魔王のいた頃からあったというのなら、理由はやはり相手にしきれないから、ではないのだろうか。

 実際の所は不明だが、ものぐさだから、という王太子の意見には首を傾げる。

 だが議論するつもりはなく、エレミアは素直に頷いた。

 四角い部屋と狭い通路を歩いて行くと、また同じような四角い部屋があり、魔獣がまばらに存在している。

「ここは子供でも来られそうな感じね」

「さすがに子供は危険だから推奨しないけど、十階位までは初心者が鍛える為の場所だね」

「あなたも来たことある?」

「ないよ。王太子の立場でダンジョンに出入りすると、他の冒険者の邪魔になるからね」

「一緒に戦ったら楽しそうじゃない?」

「ダンジョンで遊んでいる時間があれば、他のことを勉強したいかな」

「そっか…」

 フェリックスはとても真面目な性格だった。

 魔法で倒してみてもいいか、と問いたかったが、遠慮する。

 護衛騎士を十人も引き連れて案内してもらっているのに、これ以上を望むのは贅沢というものだろう。

 心配してくれているのはわかるし、とても優しくしてくれる。

 初めて見るダンジョンは新鮮で、十一階から先の草原というのも見てみたいが、頼めるような雰囲気ではなかった。

 そもそも彼は十一階まで行くつもりもないようで、二階に到達した時点で「こんな感じだよ」と笑顔で言われて頷くしかなかった。

「ええ、なんとなくわかったわ」

「それは良かった。二階も進んでみる?」

 自分が戦えるのなら進みたかった。

 だがフェリックスの顔を見て無理だろうなと思う。

 思うが、ダメもとで聞いてみることにした。

「二階では、魔法で戦ってみたいのだけど、ダメかしら?戦ってくれている敵にとどめを刺すくらいなら、危なくないでしょう?」

 案の定、フェリックスは柳眉を顰めて首を振った。

「万が一ということがある。君に何かあったらご家族に申し訳が立たない」

 そう言われてしまえば、それ以上強く願うことはできなかった。

 戦いたいと思うなら、冒険者登録をして、自分でダンジョンに来るしかないのだろうな、と理解した。

 断固として反対する王太子に、にこりと微笑む。

「…そうね。我が儘言ってごめんなさい。わざわざ連れて来てくれてありがとうフェリックス。ダンジョンがどんな感じかわかったわ」

「そう、良かった。じゃぁ帰ろうか。エレミアに怪我がなくて何よりだ」

「優秀な護衛騎士さんと、あなたがいてくれたおかげね」

「ふふ、そうだね」

 満更でもなさそうに微笑む王太子に同じように微笑み返し、ダンジョンを出て王宮へと戻る。

 昼食後は儀式に参加する為ドレスに着替えるということで客室を借り、自宅からメイドが持ち込んでくれたドレスや宝飾品を身につけた。

 公爵令嬢であり、今はまだバージル王国王太子の婚約者という立場から、季節ごとや折に触れて高級なドレスをたくさん新調するのだが、普段家で着るドレス以外は袖を通すことなく衣装部屋に眠っているものが大半であった。茶会に呼ばれることはないし、呼ぶこともない。王宮主催の舞踏会くらいにしか参加せず、開催されるのは数ヶ月に一度あれば良い方であるから、真新しいドレスを披露出来る機会が訪れたことは純粋に喜ばしい。

 この儀式では王族と聖騎士が白を身につけ、それ以外の参加者は黒や紺を身に纏う決まりとなっている為、エレミアもまたそれに習う。派手すぎず地味すぎず、他国の公爵令嬢として恥ずかしくない装いでなければならない為、侍女達は張り切って飾りたててくれた。

 虹色の瞳を持つ公爵令嬢エレミアは絶世の美少女であるので、どれだけ高価なアクセサリーを身につけても負けることのない美貌に気分は上がる。

 儀式の場は王宮の奥、結界の間で行われる。

 天井は高くがらんとした広い空間に祭壇があり、段を上がった中央には大きな魔虹石が磨かれ虹色に淡く輝きながら鎮座していた。

 元々祭壇はダンジョン入口近くに無造作に置かれていたらしいのだが、国を興す際に各国共に王宮へと移動させたらしかった。

 当時は祭壇で燦然と輝く魔虹石の存在は謎であり、盗まれたり壊されたりしては困るという配慮からと言われている。

 この魔虹石が王や王太子の魔力を蓄積して増幅し、この国のダンジョンに結界を張り巡らせるということだった。

 参加しているのは聖王国の王族、聖騎士団、そして貴族家当主である。

 皆濃い色の服を着ており、王族や聖騎士の白との対比が見事であった。

 次兄は聖騎士の並びにおり、エレミアは王族の並びに置かれた。

 親族枠であろうが、白の装いの中に紺系のドレスを着たエレミアは非常に目立つ。四方八方から飛んでくる視線を受け流しつつも、表情は引きつりそうだった。

 祭壇に近い方から王妃、王太子、第一王女…と順に並んでおり、エレミアは第二王女の次である。目が合うと皆嬉しそうに微笑んでくれるので疎外感はなかった。

 祭壇を挟んだ向こう側には教会の大神官や高位神官が並んでいた。

 この国の儀式は王が行うようで、皆が立ったまま王の入場を待つ。

 扉が開き、王が入って来て皆が頭を下げた。

 祭壇に上がるまで待ち、全員が頭を上げる。

 神官達が祝詞のような呪文を唱え始め厳かに始まった儀式であったが、内容は単純である。

 王が魔虹石に両手をかざし、魔力を流し込む。

 すると魔虹石が輝き出し、おそらく石に魔力がいっぱいになったのだろうタイミングで手を下ろすと、石は眩く虹色に輝いたまま残る。

 それで終了だった。

 おそらく一年で魔力を使い果たして輝きが消える前に、魔力を補填するのが儀式内容と思われた。

 特殊な術式が施されているのだろう。光り輝く魔虹石を見て上位貴族達が感嘆の溜息を漏らしており、聖王の重要性や特殊性を強調するのにも一役買っているようだ。

 聖王が振り返り、皆に儀式の終了を告げるが、見た所体内魔力は空に近い。

 平然と振る舞っているが、辛いに違いない。

 聖王が結界の間を出て、王族も続いて退出をするのに従い、エレミアも第二王女の後ろに続いて退出する。

 隊長として前列にいた次兄と視線が合い、にこりと微笑まれたので同じように返す。

 ざわ、と会場の空気が揺れたが、一瞬で静まった。

 次兄の周りにいる聖騎士達の視線の熱さに気づいたが、素知らぬ振りで通り過ぎた。

 自国や家にいると気にも留めないが、こういう反応を見るとエレミアは絶世の美少女なのだと思い出す。

 微笑み一つで場内が揺れるとは、罪な子だねぇ、などと思いつつ外に出て、王室専用エリアへと向かう。

 応接室で王が疲労困憊の様子を隠すことなくソファに腰掛けており、エレミアが入室すると顔を上げ、笑顔を向けてくれるので「ああ、わざわざここで待っていてくれたのだな」と思う。毎年行っているのならば王の消耗は予測できるはずで、エレミアがいなければおそらく私室に戻って休んでいてもおかしくない。

「…陛下、ご無理をさせているようで申し訳ございません」

 言えば、王は目を瞬いたものの言わんとする所を察し、穏やかに微笑んだ。

「いや、儀式はどうだったかな」

 王妃が隣に座り、支えるように寄り添う。王太子達は各々ソファに腰掛け、エレミアにも座るよう勧められるが先に王へと歩み寄り、跪いた。

「…どうした?」

「先に陛下、お手を少しよろしいですか?」

「え?ああ…」

 エスコートするように右手を差し出せば、左手が乗せられる。

 そのまま魔力を王の体内へと馴染むように流し込むと、驚いたように目を見開いた。

「温かい…すごいな、他人に魔力を譲渡することが出来るのかい?」

「魔力量には自信がありますので、人に渡すこともできるのです」

「驚いた…ああ、ありがとう。身体がすっかり元通りだ」

「まあ…ありがとう、エレミアさん。いつも陛下は、儀式の後は寝込んでしまうのに…!」

「お役に立てて光栄ですわ」

「すごいね、エレミア」

「本当に!他人に魔力譲渡が可能だなんて、初めて知ったわ」

「回復魔法をかけるのとそれ程違いはないのよ。怪我に作用するか魔力に作用するかの違いくらいで」

「エレミアさんは譲渡しても身体は平気なのかしら?不調はない?」

 王妃の心配に、笑顔で答える。

「全く問題ございません」

「素晴らしいわ。これからフェリックスと共に各国を回るのでしょう?息子にも儀式後には譲渡してもらえるとありがたいのだけれど…お願いできる?」

「もちろんです、妃殿下」

「ありがとう!ほら、フェリックスもお礼を言って!」

「助かるよ、エレミア。私も儀式後は一日動けなくて困ってたんだ」

「お安いご用よ」

「僕も各国回りたいなあ」

「わたくしも!」

 第二王子と第二王女のぼやきに、第一王女フィオナが苦笑する。

「公務で行きたいなら、真面目に勉学に励まないとね」

「どうして?」

 ちらりと王を見ると、苦笑している。

「おまえ達がしっかり勉強して大人になれば、式典等で行くことが出来るかもしれんな」

「わー!僕勉強頑張るよ!」

「わたくしも!」

「ああ、頑張ってくれ」

 いい家族だと思う。

 皆の仲がいい。

「エレミア、今日の夕食は王族が揃う。一緒にどう?」

 フェリックスに言われて、即答した。

「ぜひ、ご一緒させて頂くわ」

 その言葉に、王が頷く。

「では後ほど会おう。着替えて少しゆっくりするか。魔力譲渡、本当にありがとう。助かったよ」

「ええそうね。エレミアさんありがとう。後でね」

「はい、陛下。妃殿下」

「私達も着替えよう。着替えたらお茶でもどうだい?」

「ええ」 

「僕も!」

「わたくしも!」

「わかったわかった、じゃぁ着替えたら私の部屋に集合だ」

「はーい!」

 兄弟仲もとても良い。

 応接室を辞して客室で着替えた後は、夕食まで王子王女達と共にゆっくり過ごし、夕食を頂いてから帰宅するのだった。

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