7.
翌朝、さっそく朝食の席で卒業までに各国を回りたい旨両親に頼むと、一緒について来るかと問われたが、仕事に参加したいわけではないので遠慮した。
「自分に向いた職業を探したり、国の雰囲気を学びたいんです。今まではこの国の王家に嫁ぐことが決まっていたから、あまり真剣に他国を見ていなかったので」
「そう…そうね。では最初はどこへ行きたいかしら。卒業まで…ということは、一国あたり三週間くらいお邪魔するということでいいかしら?」
「はい、お母様。ガルシア王国、メリル聖王国、オズワルド帝国、ドイル皇国、ファーガス…親戚もいて親しくしていますし、転移装置もあるから帰宅も楽ですもの。ゆっくり見て回りたいです」
「じゃぁ、メリル聖王国から始めたらいい。俺もいるし、あちらの王家も喜んで協力してくれる」
次兄の言葉に家族が頷く。
兄がいる国ならば、最初に始める場所としては最適だろうとエレミアも思う。
「お言葉に甘えようかな。フィオナに挨拶したいわ」
「姫と言わず、皆に会ってあげてくれ。もうすぐエレミアが嫁入りしてしまうって、寂しがってたんだから」
「…王家に嫁いでしまったら、二度と会えないも同然だものね」
「この国の連中は他国に出ないから。他国の人間を歓迎もしないし。魔虹石がある限り、ふんぞり返っていても他国から求めてくると思っていやがるからな」
長兄の吐き捨てるような言葉には、この国に対する嫌悪があった。
今までは王家に嫁ぐ予定のエレミアがいた為、あからさまな態度を見せないよう気を遣ってくれていたのだろう。
「公爵家が外交も貿易も一切を担っているから、民達は忘れてしまうのですわ。どうやって今の豊かな生活が成り立っているのかを」
義姉の瞳もまた、冷たい。
「王家すらも忘れているくらいだからな」
父は呆れた様子を隠しもしない。
「じゃぁエレミア、最初はメリル聖王国でいいわね?王家にはこちらから連絡しておくわ。身一つで遊びに行ってらっしゃいな。お金の心配もしなくていいわよ。好きな物を買いなさい」
「お母様、わたくしを甘やかすと、とんでもない買い物をしてしまうかもしれないわ」
「いいのよ。今まであなた、わがままを言ったことなんてある?…全て諦めさせてしまっていたなんて、わたくし母として、自分が許せないのよ。公爵家の名で買えばいいわ」
「ありがとう、お母様」
「小国ならば買うことはできるかな。大国はちょっと難しい」
父の冗談は冗談に聞こえないな、と思いつつ、とりあえず笑っておいた。
「ゆっくりするといい。でも夜にはちゃんと帰って来るように。俺もノーマも、リリーも、息子達だって寂しがるんだからな」
頷く義姉と妹に笑顔を返し、頷いた。
「ありがとう。毎日夜には帰宅するつもりよ」
「なら良かった」
次兄がメリル聖王国に戻るというので便乗させてもらうことにした。
昨日今日と休日だったのに、わざわざ帰省してもらって申し訳ないと言えば次兄に無言で髪をぐしゃぐしゃと手荒く撫でられた。
「髪が…!」
「妹の一大事に、戻って来ない薄情な兄なんていらないだろう?」
「そ、そんなことはないけれど…」
「ある。妹が困っているのに、俺だけ仲間外れだなんてごめんだからな」
「…レヴィ兄様、ありがとう」
「当然だ」
いい男だ、と思う。
フィオナ姫と幸せになって欲しい。
我が婚約者であらせられる王太子はひょろりと細身で、剣など握ったこともなく、蝶よ花よとご令嬢のように真綿で包むように大切に育てられてきた一人っ子であるので、とにかく傲慢で自己中心的で他者に対する遠慮も配慮もない男だった。
自分の思い通りにならないと癇癪を起こし、一方的に相手を糾弾して自己の欲求を満たそうとする。常識など通用せず、無理を押し通せるだけの権力を持っている点が最悪であった。
自分がこの国一番の美形であり、誰もが美貌に跪く、と鼻にかけている点も痛々しい。井の中の蛙大海を知らず、を地で行く様は哀れですらあった。
うちの家族見たことないのか?と、言いたい。
おそらく、まともに視線を合わせたこともないのではないだろうか。
我が家に一度も来たことなかったな、あの男。
家族や親戚が常識的な人物であったからこそ、エレミアが壊れずに今まで耐えてこられたのは間違いない。
エレミアの訪れを聞いたメリル聖王国の王家から、ランチを是非共に、と返答があったようで、次兄と参加させてもらうことにした。
失礼のないよう、ドレスを着替えアクセサリーをつけ、髪と化粧を整えてもらい、転移装置のある部屋へと向かえば聖騎士の正装に身を包んだ次兄が待っていた。
鎧はつけず、白を基調とした煌びやかな軍装である。
マントは臙脂、第一軍、近衛隊長クラスが纏うことを許される色である。
近衛隊長は十人しかいない。
兄はとてつもなく優秀なのだった。
白の軍装がこれ以上ないほど似合っている。
我が兄でなければファンになって推していてもおかしくない程だった。
「レヴィ兄様、お待たせしました」
「いや全然、待ってない。こんなに美しい女神をエスコートできるなんて光栄だな」
蕩けそうな微笑を浮かべて言われ、この笑顔が「麗しの聖騎士様」と呼ばれる所以なのだと納得する。
「そういうことはフィオナにおっしゃって下さい」
「姫はあまり褒めると、真っ赤になって怒り出すんだ」
「…程々にして差し上げてね」
そりゃとんでもないイケメンに手放しで褒められれば、嬉しいを通り越して居たたまれない気分になることもあるだろう。
エレミアと同い年の、可愛らしい姫なのである。
「聖王陛下によろしく伝えておいてくれ」
長兄と義姉、妹が見送りに来てくれており、次兄共々頷いた。
父は朝早く王宮へ行った後は、母と揃って他国へと仕事に向かっている。
「行ってきます」
「ああ、気をつけて行ってらっしゃい」
次兄の手を取り、転移装置へと向かう。
これの行き先は、聖王国王宮内にある、王族専用エリアである。
魔力認証で飛ぶようになっており、登録外の人物が飛ぶことはできない。
兄達や親戚は休日ごと、時間ができる度に転移装置で他国へと遊びに行っていたが、エレミアはあまり積極的に遊びに行くことはなかった。
外の眩しい世界を知ってしまうと、嫁ぐ時に絶望しそうでできなかったのだ。
我が家に遊びに来てくれる親戚達の存在を、どれだけ眩しく、そしてありがたく思ったことか。
ようやく何の気兼ねもせず、他国へ行くことができるこの瞬間が、信じられないほどに幸福であると思う。
無意識に笑っていたらしい。
次兄がこちらを見て、眩しそうに瞳を細め、微笑んでいた。
「自由に生きていいんだよ」
「…ありがとう。わたくし、今とても幸せだわ」
「もっとだよ」
「ふふ、そうね」
幸せになる。
未来は変わるのだ。
あんな悲しい未来など、起こさせない。
転移装置は床に魔法陣を描いており、踏み込むと魔力認証がされる。
各国の王宮直通の特別仕様であり、行き先の指定は腰ほどの高さに設置した魔水晶のコンソールから行うようになっていた。
魔法陣が光る。
眩しい、と感じると同時に空気が変わり、転移が完了するのだった。
「やぁ、ようこそメリル聖王国へ。エレミア、会いたかったよ」
迎えてくれたのは、メリル聖王国の王太子だった。
両手を広げて歓迎してくれた王太子フェリックスに笑顔を向けるが、隣にいた次兄は不満そうに口を開く。
「俺もいるのに無視とは…いい度胸をしている」
「ちょ、怒るなよ。おまえはいつでも会えるだろう!でもエレミアは滅多に他国に来ないんだから、真っ先に挨拶するのは当然だ!」
「…全く…」
フェリックスと次兄は同い年であり、親友と呼べる関係であるらしかった。
「急にごめんなさい。あまり迷惑はかけないようにするから」
カーテシーで挨拶をするが、フェリックスは嫌そうな顔をして、次兄を押しのけエレミアの手を取った。
「そんなこと言わないで。堅苦しい挨拶も抜きだよ。私達の仲じゃないか」
「親戚以上の仲はないぞ?」
「レヴィうるさいぞ。食堂までは私がエスコートするから、後ろからついて来い」
「横暴だなこの王太子」
「さ、行こうエレミア。父上も母上も、妹達も楽しみに待ってるんだ」
「ありがとう、フェリックス」
王太子は水色がかった銀髪に翠の瞳。聖王国はかつて魔王討伐の際、聖女と聖女を護衛する神官が婚姻して建国した国であり、王と教皇職を兼ねる。
政教分離という概念の存在しない世界であり、王となるべき子は初代聖女と同じ色彩…つまり水色がかった銀髪翠瞳に生まれてくるという話だった。
王太子の他に王の子は三人。第一王女フィオナ十八歳、第二王子フレデリック十四歳、第二王女フルダ十歳の順であるが、色彩はそれぞれ違う。
生まれながらに王となることを決められた王太子には、苦悩もあったことだろう。
だがいつも見せてくれる彼の表情は明るく、優しさに満ちている。
神官の血も継ぎ、健康な肉体には健全な精神が宿る、という教えの下、身体を鍛えることも必須とされる王族は、王女であっても鍛錬は欠かさない。王太子はしっかりとした体格を持つ美青年であり、王女達は引き締まったスタイルを持つ美少女である。
公爵家でも女性が護身術を習うのは嗜みであるが、聖王国程本格的な訓練をしているかと言われると首を傾げる所だった。
王太子に婚約者はいない。
第一王女は次兄に一目惚れしてから、ずっと結婚して欲しいと言っていた。
いつ恋愛に発展したのかまでは聞いていないが、学園卒業前に聖王国の聖騎士になる、と言った時点ですでに心は決めていたようである。
王太子に婚約の話は山程来ているようだったが、もうしばらくは婚約しない、と突っぱねているという。
食堂に入れば、すでに王族の面々は揃っていた。
「ご無沙汰しております、陛下。妃殿下」
挨拶をするが、王も王妃も気さくに返事をしてくれた。
「本当に久し振りだ。さぁ、早く食べようじゃないか。ゆっくり話を聞かせておくれ」
「はい」
王女王子達にも挨拶をし、皆きらきらと輝く瞳で迎えてくれて安堵する。
好意的に接してもらえることは、幸いだ。
客人というよりは親戚枠で呼んでくれているようで、王と王妃の向かいに王太子とエレミア、さらに隣に次兄と第一王女が並んだ。第二王子と第二王女は王妃の隣に並んで座っている。
和やかに始まったランチ会は、やはりと言うべきかエレミアが突然国をゆっくり見て回りたい、と希望した理由について聞かれ、どこまで話すべきか迷った。
まさか婚約破棄する予定なので、就職先を探しに来た、というのも問題があるだろうと悩んだのも束の間、次兄は何でもないことのように発言をした。
「エレミアが王家に嫁ぐ予定がなくなったので、自由に動けるようになったんですよ」
「…お、お兄様…」
赤裸々に話しすぎでは…!?
あの国と王家はどうでもいいが、間接的に貶めるような発言にははらはらする。
四代ごとに公爵家の娘が王家に嫁がねばならない、ということは親戚一同知っていた。家族と同じように、同情と憐憫を向けてくれており、エレミアに接する態度はとても繊細で心遣いに溢れたものであったのだ。
気を遣わせて申し訳ないと思う位には、親戚の皆には優しくしてもらっている自覚があった。
それを一言でぶち壊したのである。
おおい、もうちょっとオブラートに包んで発言してくれよな…!?
思わず口が悪くなる程心中で動揺したのだが、聞いた親戚一同は驚愕に目を見開き、だが次の瞬間歓声を上げたのだった。
「なんと!!それは誠かっ?おいおいあそこの王家も、一つくらいは良い所があったんだな!!」
「ええ本当に!!エレミアさんを嫁にやるなんて、宝をドブに捨てるような物だと思っていたの!!やったわ!解放されて本当に良かったわねぇ!」
「へ、陛下…妃殿下まで…」
妃殿下は父の従兄弟の娘、商業国家ファーガスから嫁いで来た身分的には平民であった。血縁関係自体は聖王国の王家とも遥か昔からあり、我が家とは家族ぐるみのつき合いであり、身分の差などないに等しい。
「じゃぁエレミアは就職先を探しに来たのね?あっ恋人探しも?レヴィもいるし、この国に永住してくれていいのよ!大歓迎よ!」
第一王女フィオナの発言に、第二王子と第二王女もはしゃぎ出す。
「三週間くらいいるって聞いたよ!ゆっくり観光もして行ってよ!僕も案内するからさ!」
「わたくしも!わたくしも一緒に町を回りたい!」
「ありがとう。時間があるなら是非お願いしたいわ」
「私ももちろん付き合うよ。そういうことなら、父上も母上も融通して下さるはず」
フェリックスの発言に、王がにやりと笑った。
「そうだな、最後のチャンスだからな。悔いが残らないように協力しよう」
「ありがとうございます、父上」
二人のやりとりに「おや?」と思う。
全てを諦め受け入れていたエレミアは周囲に目をやる余裕はなかったが、今は違う。
エレミアは周囲にとても好意的に受け入れられていることに、気づいたのだった。
我が家にしょっちゅう顔を見せてくれる年頃の若い男連中は、何故我が家に集まるのか。
他国の王宮へ出入りするよりは気楽であろうことは確かなのだが、普段から時間があれば我が家に集合することが暗黙の了解となっているようである。女性陣は正直それほどでもない。遊びに行けば来てくれる、そんなギブアンドテイクが当然だった。性差と言ってしまえばそれまでだが、まるで第二の家に遊びに行くかの如く気軽に出入りする男達は、必ずエレミアと茶や夕食を共にしてくれていた。気を遣わせて申し訳ないとしか思っていなかったが、輿入れがなかったことになるのならば、条件的には申し分のないいい男が揃っているのだった。
隣に座るフェリックスを見れば、視線が合った。
次兄と似た系統の、男らしさと美しさを兼ね備えた美形である。
優しく微笑むその表情は、親しみに溢れていた。
なるほど、なるほど。
エレミアが望めば、嫁ぎ先に困ることはなさそうで安堵する。
微笑み返しながら、じっくりと自分の幸せを見つけようと決意するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます