思い出の一欠

 辺りは忙しく動いており、そんな中一人の男がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

「どうだった」

「駄目だ、道が完璧に塞がってる。迂回路を探してくる」

「ああ、頼んだ」

「お前はしっかりアリシャ様の傍にいろよ。絶対にだぞ! わかったな?!」

「わかったわかった、早く行け」

 そんなに傍にいたいのならばお前が残れと言いたかったところだが、残ったら残ったで早くしろと急かすのがこの男だ。まぁ悪い男ではないしそれもこれも主第一に考えて行動しているのだからこちらもそう文句はない。

 馬車を背に立っているとノックをする音が聞こえ、身体を半身で振り返る。

「どうだった?」

「先日の豪雨で道が塞がったようです。今ロイドが迂回路を探しに行っています」

「そう。予想以上に雨も酷かったものね……仕方がないわ」

「少々お待ち下さい」

「ええ」

 ここ最近天候も安定せず領地の民たちも苦労をしているのではないかと、主自らが足を運んで視察に向かおうとしている最中だった。その天候のせいでどうやら土砂崩れが起きてしまい行く手を阻まれている。待機となった主は憤ることなく騎士たちの知らせを待っていた。こうなることは一応予測していたからだ。

 前を走っていた馬車もぬかるみにはまってしまい、騎士たち数人で対応している。俺もそちらに加わったほうが早く済むが、特に警戒が必要な状況ではないとはいえ主を一人にしておくわけにはいかない。何か起こった場合いち早く対処できるのが俺となっているため、常に俺が護衛することになっている。

「ねぇ、クラウス」

「なんでしょう」

「今この場には貴方しかいないのよね?」

「他の騎士たちは忙しく動いておりますが」

「ということはわたくしと貴方二人きりということよね?」

「そうですね」

「ねぇクラウス……二人きりよね?」

「……はぁ」

 一体何度念を押すんだと思いつつ、やや呆れ顔を貼り付けながら後ろを振り返る。

「もう少し待ってろ」

「ええ、もちろん待つわ。この時間を有意義に過ごそうと思って。クラウス、聞きたいことがあるの」

「なんだ」

 この主は、こうして二人きりの時に改まった言葉遣いをすると多少不機嫌になる。当人曰く、学生の頃からの仲で学生の時はそんな言葉遣いではなかった。主とその騎士という立場になったからってなんなのよ、らしい。いや主とその騎士となったからこちらもきちんとしているんだろうと小言を言いたくなったが。

 それで、その聞きたいことは何だと顎で軽く先を促すと、馬車の中で待機していた彼女は僅かに身体を乗り出してきた。

「前に言っていたでしょう? 女神ルキナに会ったことがあるって。わたくしそれが気になって仕方がなかったのよ」

「あの時本気で聞いていた様子ではなかったがな?」

「失礼ね、ちゃんと真剣に聞いていたわ。でもどうやって会ったのか聞いてみたかったの。貴方別に信仰深かったわけではないのでしょう?」

「……長くなるぞ」

「そのくらいの時間はあるんでしょう?」

 サッと周りを見渡してみるが、先程からあまり作業は進んでなさそうだ。迂回路を探しに行ったロイドも戻ってくる様子は見受けられない。

「人は生を終えたあと、とある場所へ行き着くだろう?」

「ええ、新たな生へ誕生するために門を潜ると言われているわね」

「そこで会ったのだ、女神ルキナに」

「……え? ちょっと、待って。それだとまるで、貴方が一度生を終えているということになるわ」

「察しがいいな」

「な……本気で言ってる?」

 疑心暗鬼の彼女に軽く口角を上げ、馬車に寄りかかる。

「どうやら前世の俺の働きを見てくれていたようでな、褒美をやると言われた。だから望んだのだ、今度は『普通』を味わってみたいと」

「……それは、前にも言っていたわね」

「ああ。前世ではまだ普通に魔物も蔓延っていてな、生きるためには戦うしかなかった。騎士だけではなく、女、子ども、年寄りまで。そんな時代だった」

「そんな……そんなの、もう数千年も前の話だわ。歴史で習っただけで、今はもう魔物が人間を襲っただなんて信じる人間はいない」

「それには俺も驚いた。まさか前の生よりそんな時が経っているとは思わなくてな」

 学園で使っていた教材を開いた時それはもう驚いた。あの時代が数千年前とは。次の生へ誕生するためにそこまでの月日がかかるものなのかと思いはしたが、もしかしたら女神は俺が『普通』を望んだから、生きやすい時代に転生させてくれたのかもしれない。

「クラウスは、その時も騎士だった?」

「そうだな。だがなろうと思ってなったわけではない、気付いたらそうなっていた」

 物心ついた時から刃を手に取って戦っていた。生きるために。ただただあの時は必死だったのだ。何になりたいとかそんなこと考える余裕すらなかった。毎日を生きるので精一杯だった。

「そんな時、たまたま偶然に出会ったのだ」

 魔物を追い詰めるために森の奥へと入っていき討伐した時、更に奥から騒がしい音が聞こえ駆け出した。恐らく誰かが別の魔物に襲われたのだろう、加勢をしに行かねばと。駆け出し辿り着いた先には倒れている馬車に数人の騎士、そしてその中で守られるように立っていた男。

 襲撃したと思われた魔物は騎士と、そして俺とですべて討伐した。一体一体はそうでもなかったが大群に押し寄せられたようだ。騎士たちは手負い、数を減らしながら森へ逃げ込んだらしい。

「まぁ、そこで助けたのが王だったのだがな」

「……とんだ大手柄じゃない」

「とは言っても小国の王だ。厳しい時代だったからな、王と名乗ってもらわなければそうとは気付かなかった」

 今のように装飾がしっかりした物を身に纏っていたわけではない。資源も魔物に奪われていたため贅沢をしている人間など誰一人いなかった。言い方は悪いが、出会った時の王も見窄らしい格好をしていたのだ。

 助けた礼として話を聞いてみれば、どうやらその王は城を魔物に占拠されてしまったらしい。しかもつい先日まで『王子』だったとのこと。そこまで聞いて大体を察した。城を占拠した際、彼の父である王が討たれてしまい王子は家臣たちの手を借りて避難したのだろう。当時は王家の血筋が絶えなければなんとかなるという考えだったためすぐに納得した。

 それから数少なくなった騎士では心許なかったため魔物の少ない場所まで護衛するということになり、すると今度は魔物のことについて色々と聞かせてほしいとなり、なぜか騎士たちを鍛えることとなり。そうして王の騎士となっていた。

「成り行き?」

「最初はな。なんだろうな、放っておけない王だったのだ」

 自分とて生きるために必死なはずなのに、それでも常に周りは民のことばかり考えていた。大人しくしていればいいものの、民が魔物に襲われているとわかるといち早く助けに行く。下手したらその身を囮に使いかねない様子に、騎士たちの胃はかなり痛めつけられたことだろう。

 前世のことを思い出し、思わず苦笑をもらす。当時王にはこれでもかというほど振り回されたものだ。だがそれも悪くなかったのだ。いくら振り回されようとも、そんな男に忠誠を誓いこの身をいくらでも盾に使おうと思ったのだ。

「とてもその王のことを慕っていたのね」

「……ああ、そうだな」

「貴方のお母様の言っていたことを本当に理解したわ。貴方はずっと、そんな人を探していたのね」

「恥ずかしい話だな」

 軽く肩を上げる。あれだけ振り回されるということは、俺が願っていた『普通』とは確実に縁遠いということだ。だがそれでも、俺はそんな忠誠を誓うことができる人間を探していたとは。これだから脳筋はと自分で呆れてしまう。

「……ふーん」

「なんだ。聞いておきながら機嫌が悪いな」

「別に。貴方は心の底から騎士だなって、そう思ったの」

「そうだな」

 乗り出していた身を引き椅子に深く座り込んだ彼女に思わず苦笑を返す。相変わらずわかりやすい令嬢だ。小さく振り返り窓越しで視線を向ける。

「民を慈しむくせに好奇心旺盛で周りを振り回す人間を、どうにも放っておけないらしい」

「……なによ」

「自覚がないのか?」

「……あるわ、少しぐらい」

「それは重畳」

「もう」

 すっかり不貞腐れてしまった彼女はもう話を聞く気がないらしく、顔ごと背き視線を外した。そこで丁度駆け寄ってくる足音が聞こえ俺も向き直った。

「あっちにまだ無事な道を見つけた。少し時間はかかるけど大丈夫だろ」

「ご苦労だったな、ロイド」

「アリシャ様は無事だろうな?!」

「問題はない。ただ多少退屈のようだ」

「なんだと?! アリシャ様をこれ以上退屈にさせるわけにはいかない! 急ぐぞクラウス!」

「お前は本当に元気だな」

 令嬢のことに関しては、だが。前を走っていた馬車もようやくぬかるみから抜け出すことができたようで、これで全体的に動き出すことができるだろう。

「ロイド、疲れただろう。休憩と共に主の話し相手になったらどうだ?」

 ロイドならば令嬢のご機嫌取りはお安い御用だろう、と配置につこうとしていたロイドにそう声をかけてみる。するとロイドは面白いほど狼狽えた。

「バッ、バカかお前! こ、こんな、アリシャ様と、ここここんな、狭い場所でッ、二人きりとか?! 理性が爆発するだろ?! バカ野郎ッ!」

「何、安心しろ。その時は止めてやる」

「本当だろうな?!」

「コホン。二人とも、聞こえていてよ」

 窓越しに軽く令嬢が俺を睨みつけ、次にロイドに視線を向ける。話を聞かれていたことに慌てたロイドは綺麗に直角に頭を下げ謝っていたが、そこまで気にすることはないだろう。俺は素知らぬ顔で一言断りを入れドアを開け、そこにロイドを押し込んだ。

「疲れているロイドを癒やしてあげてください」

「まぁ。わたくしで癒やされるのであれば頑張るわ。よろしくね、ロイド。退屈なお喋りをしていて少し気分が下降していたの」

「そそそそうなんですか?! お、俺でよければ面白い話いっぱいしますね!」

 頑張ったロイドに褒美でもあっていいだろうとドアを閉じ、馬車を走らせるように指示を出す。俺も馬に乗るかと馬車から離れようとしたところ視線を感じ、思わず視線を向ける。

 するとそこには綺麗な笑顔を貼り付けているアリシャの顔があり、これは後で小言を聞かされるなと小さく息を吐き出した。

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