19.復讐決行
「なんでお前はそんなに似合ってんだよ……!」
「お前も似合っているぞ、ロイド」
フィーリア家当主からあの話を貰ってから七日後だった。割り当てられた制服を着て会場内で立っているものの、こういう場の制服は何かと息苦しい。だからといって着崩すわけにもいかず、思わず襟元に手を伸ばし軽く引っ張ってしまう。
隣には俺と同様に制服を着て立っている……もとい、警備しているロイドがいた。彼はこういう場には何度も参加しているようで、制服に対して何か物言いをすることもない。
「ったく……令嬢たちの視線がお前に釘付けなのが気に食わない……!」
「俺ではなくロイドを見ているのだろう。格好いいからな」
「えっ? な、なんだよ、そういうことかよ。ま、まぁ? 俺は似合っちまうから仕方がないな!」
ロイドは当初に比べて随分と砕けた言葉遣いで話すようになっていた。彼はどうやら次男坊で多少気の強い少年だったらしい。当主の跡継ぎになることは叶わず腐りかけていた時、フィーリア家当主にその剣の才を認められたからだそうだ。
よって彼は少し喧嘩っ早いところはあるが、令嬢に惚れていることもあってその忠誠心は見事なものだった。よって例え多少口が悪かったとしても俺の目には微笑ましく見えてしまう。
「しかし……この制服は多少窮屈だな」
「……お前の筋肉量がそうさせてんだよ――あっ」
確かに周囲の視線が気になりつつも、別に殺気が含まれているわけでもないためスルーする。そんな視線の中、ロイドはとある一点に目を留め俺も釣られるようにそちらに目を向ける。
「隣の男子は誰だ?」
「センティード公爵家の嫡男だよ。いつもなら王子がアリシャ様のエスコートをしていたけどああなっただろ? レナルド様も不在だし、代わりにエスコートしてくれてんだよ」
上品なドレスを身に纏い現れた令嬢の隣には見知らぬ男子が立っており、ロイドがそう説明してくれた。なるほど、そういえばこういったパーティーはエスコートなるものが必要だったなと思い出す。如何せん今も昔も縁遠い世界だったため、そういったことに疎い。
令嬢が入ってきたことによって、会場の視線が一斉にそちらに向かう。確かに人の目を惹きつけるその佇まいに、思わず視線を向けてしまうのはわからないでもない。だが護衛している身としては、注目をされている、それはつまり狙われやすくもあるということだ。
多少気を引き締めたほうがよさそうだと思っている俺の隣で、ロイドは相変わらず令嬢に見惚れていた。
主催者の挨拶も終え、それぞれの貴族たちが挨拶をして回っている。こういうところで太いパイプを繋いだりしなければならないのだから、貴族は貴族で日々大変だなとザッと辺りを見渡す。庶民にとっては彼らがどのような会話をしているのか、想像することは難しい。だがこうして彼らの活動があるからこそ、また経済も回っているということは知っている。
彼らも彼らで必要な存在であり、また庶民も庶民で田畑を耕し日々の暮らしを支えている。互いに国にとってなくてはならない存在だ。
まぁ悪どい貴族もいるだろうが、今のこの国の情勢から見るにしてそういった者たちは一握りなのかもしれない。警備していると貴族の女性に話しかけられたがそれはすべてロイドに任せ、辺りを警戒する。
とはいえ、警備は会場の外にもしっかりと配置しており、怪しい人間がいた際にはそこで止めている。中にまで入ってくる状況というのはそうはないだろう。だからこそ騎士としてまだ成熟していないロイドや庶民である俺も中の配置なのだろう。
だが今のところ何かが起こる兆しはない。ならばこのまま何事もなく、フィーリア家当主の杞憂に終わればいい。
「な、なんですの?」
ところがだ、とある箇所から貴族の令嬢のそんな声が聞こえた。ロイドは気付かなかったようで、話しかけてくる令嬢たちの相手に四苦八苦している。そんなロイドを他所に声の聞こえたほうを凝視した。
人集りになっていて見えにくいが、談笑していた貴族たちの間を強引に縫って歩いている人間がいる。きらびやかなドレス姿に、大人しくしていれば愛らしく見える風貌。その人物がとある場所を目掛けて真っ直ぐに歩いている。
「アリシャ・フィーリアッ‼」
ざわめきと共に視線が一斉に向かう。注目の的となっているその女子はそれに構うことなく、ただまるで仇を見るかのような目で令嬢を睨みつけていた。
「なんだあの女」
「令嬢に無実の罪を着せて学園から追い出そうとしていた女子だ」
「あいつが?! あの女ッ……!」
「ロイド」
「ああ!」
人混みを掻き分け、急いで令嬢の元へと駆け寄る。こんな場であんな大声を出す者はまずいない。眉を顰める者もいれば、ただ単純に怯えている者もいる。
「なぜ貴女がこの場に」
「庶民のくせに、って? アッハハ! わたし、もう庶民じゃないの。結婚したのよ、ジェラードとね!」
女子の声に反応したのか、ぬらりと現れたのは間違いなくあの時あの場所にいた王子の取り巻きだった。女子は学園を追放され、あの男子は未だ謹慎中だったはず。この場に現れることはできないはずだ。
ロイドが急いで令嬢をその背に庇い、俺もあの女子の視線から令嬢を遮るように前に立つ。
「アンタのせいで何もかもめちゃくちゃよ! エドガーはいつの間にか王になれないってことになってるじゃない! アンタがちゃんとしていれば、今頃わたしはエドガーと結ばれて将来の女王様になっていたのに!」
「な、何かしらあの女」
「狂っているのではなくて? 何を言っているのかしら……」
声を顰めている令嬢たちの言葉を耳にしつつ、確かにそうだなと思いながらも視線を女子から離さない。つまりあの女子は、自分が学園から追い出されたのは令嬢のせいだとでも言いたいのだろう。
そんなことはない、何から何まであの女子の自業自得だ。令嬢を追い出すために卑怯な手をひたすら使い、王子やその周囲の男子たちも誑し込んだ。なるべくしてなった結果だ、寧ろ令嬢は巻き込まれた側だろう。
「アンタが全部悪いの! 全部全部全部! アンタがッ、アンタがちゃんと悪役にならないからッ‼ この世界のヒロインはわたしなのよッ?!」
「何を言っているのかしら。貴女の言葉、わたくしまったく理解できないわ」
「そんな馬鹿なアンタにしてやられたのが悔しいのよッ‼ だから、この場所でアンタに仕返ししてやるッ!」
あの女子の言った言葉が本当ならば、女子と結婚し夫となったあの男子。先程から虚ろな目をしてまったくその場から動かない。口は半開きで意識もあるのかどうか。如何にも正常ではない状態に、会場にいる貴族たちも危機感を覚えたらしい。後ろのほうから徐々にこの会場から出ようとしている。
「わたしを助けてくれるんでしょ? ローガン!」
そしてもう一人、身体を左右に揺らしながらゆっくりとこの場に現れた男子に、令嬢の息を呑む声が聞こえた。
明らかに、前に俺に奇襲をかけようとしていた男子の様子もおかしいのだ。目が血走っており、口の端からはぼたぼたと涎を垂らしている。
「アンタは悪役令嬢なのよッ! ローガン、わたしを助けて!」
突如女子の手から黒いモヤが発せられ、それがローガンの身体を包み込む。辺りには悲鳴が響き渡り誰もが出口に向かって駆け出していた。
「禁術だ!」
「禁術?」
「お前知らないのかよ?! 数百年前に魔導師が戦いに使った術だ! ああやって魔術で人を操って戦う道具にするんだよ!」
ロイドの説明になるほど、と納得した。確かに魔導師たちが己の力を誇示するために争いを生んだと学んだが、それがあの術だったのか。儂たちの時にはあんな術はなかったが、魔物がいなくなったあとに開発されたのだろう。
愚かだ、有り余った力をあのように使うとは。それだと国も魔導師や魔術を禁止させるに決まっている。強すぎる力は混乱しか招かない。
真っ黒なモヤが晴れたと思ったら、そこに現れたのはローガンとやらの形跡が見受けられないほど変わり果てた姿。まだこの場に残っていた貴族たちもその姿を見た途端、顔を真っ青にし中には腰が砕けた者もいた。ロイドの顔色も若干悪くなっているが、しかしそれでも令嬢を守ろうと身体を構えている。
「きゃあ?!」
「な、なんなんだッ?! おいやめろ!」
ところがだ、外へ逃げ出そうとしていた貴族から悲鳴が上がる。なんだと視線を素早く走らせれば、フィーリア家とはまた別の騎士たちが貴族に襲いかかっていた。
「こちらから逃げてください!」
「さぁ早くッ!」
外に構えていたフィーリア家の騎士たちが応戦するために中に入ってきたが、辺りはすっかり混沌と化していた。それもそうだろう、魔物もおらず、戦もない平和な時を享受していた者たちはこのような状況に慣れてはいない。
「なんでジェラードのとこの騎士たちが襲いかかってきてるんだ?!」
「きっと、彼らも操られているのだわ。彼女が持っている何かに」
こんな状況にも関わらず、令嬢は我を失ってはいないらしい。大したタマだ、冷静に状況を把握しようとしている。顔色は若干悪いがな。
「ロイド」
「な、なんだ?!」
「お前は令嬢を守っていろ。騎士ならば、身体を張ってでも守り抜け」
「あ、当たり前だ! ……?! お、おい、どうするつもりだ?!」
辺りが騒然とする中、剣を鞘から引き抜きそして眼前に構える。目の前には変わり果てたローガンの姿。背中から二本の腕が生え、歯を剥き出しにし目は赤く染まっている。
「こういう異形なものの相手は、慣れている」
前世に幾度となく相手にしてきた魔物と似たような姿に、俺が退くわけがない。まるで昔に戻ったようだと僅かに口角を上げた。
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