18.フィーリア家当主

 結局俺はフィーリア家の騎士団に籍を置きっぱなしで、休日は普通に鍛錬所に通う生活をしていた。クラスの生徒たちはどうやらそのことに気付いたらしく――友人曰く、以前にも増して身体つきがよくなってきたのこと――最初こそは騎士になるのかどうかという問いかけを向けられることもあった。

「いやそんなに酷使して大丈夫か?」

 最近ではそんな声もちらほらかけてもらえるようになった。だが彼らの心配は杞憂だ、不思議なことに以前よりもよく動けているような気がしているのだから。

 騎士団の鍛錬では相変わらずロイドがよく喧嘩腰で俺に話しかけてきているが、若気の至りだろうと未だに微笑ましく思っている。その度に尚更顔を赤くし暴れるのだから「若いな」と表情が緩むばかりだ。

「クラウス」

 ところがある日、突然団長であるオルガ・クリイェに呼び止められた。鍛錬中団長はあまり顔を出しておらず、騎士たちの面倒はほぼ副団長であるレックスが見ている。それで上手く回っているのだから誰も文句は言わないが、団長が顔を出すと騎士である彼らは自然と背筋を伸ばす。

 そんな団長のご指名ということで、周りの騎士たちがざわついていた。俺も呼び出される覚えはまったくない……と思ったのだが。もしや聖誕祭のことが知られてしまったのだろうか。覚えがあるとしたらそれしかないと思いつつも剣を収め元の置き場所に戻す。

「おいお前、何やったんだよ」

 いつもなら喧嘩を売ってくるロイドでさえ顔を引き攣らせつつも俺にそう耳打ちをしてきた。どうやら団長からの呼び出しイコール処罰という認識があるのかもしれない。

 まぁ、いざという時は令嬢に口添えをしてもらうか。と思いつつ俺は黙って歩き出した団長の後ろをついていった。


 相変わらず立派な屋敷だと思いつつ、服も汚れたものから着替えさせられた俺は廊下を歩いていた。ここに来る途中団長との会話もないが、気後れする必要もないだろう。万が一の時は団長に力で勝つことは敵わないがこの若い身体は敏捷性に優れている。逃走することくらい容易いはずだ。

「ほれ、ここだ」

 しばらく歩けば立派な扉が現れ、団長は迷うことなく無骨な手でノックをすれば中から男性の声が返ってきた。

「お連れしました」

「ありがとう、オルガ。そして初めまして、クラウス。私がフィーリア家当主、レナルド・フィーリアだ」

 まさかフィーリア家当主からの呼び出しだったとは。ふと視線だけを向けてみれば団長が椅子に座るよう顎で促す。同じようにこちらに視線を向けているフィーリア家当主に視線を向ければ彼は笑みを浮かべ小さく頷いた。

「失礼します」

 一言告げ、彼が座ったのを確認して続けて対面する形で椅子に腰を下ろす。フィーリア家当主は一瞬だけ目を見張ったがそれもすぐに笑みへと変えた。

「ずっと君に会ってみたいと思っていたんだが中々時間が作れなくてな。君のことはアリシャからよく聞いている。あの子の我儘を聞いてくれてありがとう」

「いいえ。道中何事もなくよかったです」

「君がいるなら大丈夫だとあの子は言っていたけれどな? だが本当に、驚いたんだ」

 メイドが頭を下げ部屋に入り、当主とそして俺の目の前にそれぞれティーカップを置く。当主は礼を告げ早速口をつけ、そしてメイドに礼を告げた。まさに、令嬢と眼の前にいる当主は親子なのだと思わされた。所作や気遣いまで令嬢は親から受け継いできたのだろう。

「あの子は今まで王子の婚約者として恥ずかしい姿を見せないよう、日々努力を続けてきた。私も色々と厳しくしてきたこともあったよ。そんな日々を過ごしていたからか、あの子は一度も私たちに我儘など言ったことがなかった」

 当主の言葉が簡単に想像できる。貴族というものはその立場に見合った立ち振舞を要求される。王子の婚約者ともなればそれは更に強かっただろう。

「クラウス、君からアリシャはどのように見える?」

 元より俺はお世辞を言うことを得意としていないし、恐らく相手もそれを期待しているわけでもない。真っ直ぐに当主を見据え口を開く。

「聡明なご令嬢だと思います。所作も美しくまさに令嬢の手本でしょう。だからと言って己の立場を鼻にかけることもなく、また庶民に対しても心を砕いてくださっている。真っ直ぐな正義に庶民も彼女を慕っています。まぁ、多少好奇心旺盛で危なっかしいところが見受けられますが」

「……ふっ、なるほど」

 当主は表情を緩め、まるで俺の言葉を噛みしめるように何度か頷いていた。

「アリシャのことをしっかりと見てくれているんだな……だからこそあの子も、君に我儘を言ってしまうんだろう。クラウス」

「なんでしょうか」

「君は確か、小さな村の出身だったな? ご両親もその村の出身、得に特出した何かがあるわけでもない」

 中々な言い方だが、しかしそれは本当のことだ。両親ともただただ普通の人たちだ。剣の腕が優れているわけでもない、見目麗しい姿をしているわけでもない。女神の言葉を借りるとすればまさに『モブ』だろう。

 けれど子に対しての愛情は人一倍であることを知っている。俺がそれを知っているのならばそれでいいだろうと、当主の言葉に言い返すことなく「はい」と短く言葉を発した。

「だが君の剣の腕は相当なものだという報告を受けている。この騎士団長であるオルガですら認めているとな。クラウス、なぜ平凡な両親から君のような男が生まれた?」

「そのようなことを言われましても。ただ身体を鍛えていただけに過ぎません。如何せん、小心者ですので」

「……ハッハッハ! 小心者がこうもはっきり物を申すとは思えないがな? 君と話をしているとまるでオルガの前任の騎士団長の相手をしているようだ。ああ、前任の騎士団長には私も剣を習っていてな。私の師でもある」

 またか、また遠回しにジジィと言っているのか。まさか貴族からもそう言われるとは思いもしなかった。というかそもそもここまで貴族との関わりを持つことになるとは思っていなかったのだが。それこそ、『モブ』を目指していればこういう状況にまずならないだろう。

「さてクラウス。君を呼び出したのは話をしたかったのもあるが、君に頼みがあったからだ」

「俺に頼み、ですか?」

「ああ。例のものを」

 当主が一声かけるとメイドが素早く書類を手渡した。彼は一度中身を確認するとこちらにすんなり手渡してくる。

「これは?」

「今度社交界でパーティーがあってね。内容が内容なだけに今まで婚約破棄を理由に仮病を使って辞退していたアリシャも強制参加だ。だが私には私で別件で動かなければならない。そこでだ」

 そのような重要な内容を庶民である俺に見せていいのか、と思ったが渡した当人はいうとなぜか楽しげに口角を上げている。正直、嫌な予感しかいない。前世でも王がこういう顔をした時は大体が面倒事だった。

「君に、アリシャの護衛をお願いしよう」

「護衛なら他にいるでしょう」

「おっと反論が早かったな。確かに我が護衛騎士は相当な手練だ。だが可愛い娘のためにも念には念を入れておきたい。それにクラウス」

 目の前にある笑みは、令嬢のものと酷似していた。流石親子、だなんて現実逃避している場合ではない。

「君はフィーリア家の騎士に籍を置いているだろう? 厄介事から君を守った見返りだ。いいな?」

 ここに呼ばれた時点で拒否権などなかったのだろう。確かにあの面倒事から回避するために令嬢の案に乗ったのは俺だ。しかも俺はここ最近普通にフィーリア家の騎士たちと共に鍛錬もしてしまっている。こちらばかり得をして相手に損をさせるわけにもいかないだろう。

「……承知しました」

「よかった、安心したよ。詳細はオルガから聞いてくれ。貴重な時間を悪かったな」

「いいえ。お会いできて光栄でした、当主」

「そう言ってもらえて何よりだ。しかし面白いな君は。オルガよりもしっかり立場を弁えているじゃないか」

「突然俺に矛先を向けてくるのやめてくれませんかね? レナルド様」

「何を言う。彼のほうがしっかりとした言葉遣いに所作だったじゃないか。騎士としての立ち振舞は見事だったよ」

「どうせ俺ぁ大雑把ですよ」

「そこが君のいいところだろう。ある意味」

「最後の言葉は聞かなかったことにします」

 二人のやり取りを見る限り、昔から気心知れた仲なのだろう。歳も団長のほうが上のように見えるし、前任の団長が彼の師であったのならばお互い切磋琢磨して腕を磨き合ったのかもしれない。

 二人を見ていると、儂と王のことを思い出す。きっと周囲から見た儂たちの様子もこんな感じだったのだろう。昔を懐かしく思い、つい表情を綻ばせた。

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