16.聖誕祭

「クラウスが女の子を連れてくるなんて、びっくりしたなぁ」

「連れてきたんじゃない、ついてきたんだ」

「でも女の子に追いかけてもらえるなんて嬉しいことじゃないか?」

 父さんは追いかけられたことはあったけど、あの時は恐怖を感じたよ。と口と手を動かしている父だが、その話は以前から何度か聞いていた。どうやら結婚する前は母に若干恐怖を感じていたようだ。

 それで結婚し夫婦となり、俺が生まれたのだから一体何があったんだと思いたくもなるが。俺も父と同様に口と手を動かし準備に勤しんでいた。

「にしても随分と綺麗な子だね。庶民じゃないみたいだ」

「……まぁ、そうだな」

「……え? え、もしかして、庶民じゃない……?」

「世の中には物好きな人間がいるということだな」

「……いや、凄い子に追いかけられたんだね、クラウス。あ、それ取ってくれるかい?」

 父に言われた通り足元に置いてあった木材を手に取り父に放る。難なく受け取った父はその木材に金槌を打ちつけていた。

「学園はどうだい?」

「普通に過ごしているよ」

「クラウスはずっと『普通がいい』って言っていたな」

「今はなぜかあの令嬢の護衛騎士に名だけ籍を置いているがな」

「なんでそんなことに?」

 思いきり首を傾げた父に大まかなことを説明する。学園で何が起こったのか、そこで俺がどんな行動をして周りに目をつけられるようになったのか。令嬢が助けた礼として便宜を図ってくれたのか。

 そしてなぜか、令嬢がついてきたのか未だに疑問だということを続けた。

「なんだか青春してるね」

「青春というのかどうか……普通がいいのは今も変わらないがな」

「でもさ、クラウス。『普通』ってなんだろうな?」

 今まで手を止めることなく動かしていたが、父のそんなふとした言葉に思わず上で作業している父を見上げた。改めて言われると確かに何を基準にして人々はそう言うのだろうか。俺はそれを知りたくて女神に「普通を体験してみたい」と前世では言ったようなものだが。

「父さんは木こりの仕事をして、奥さんの美味しいご飯を食べて。そんな毎日を過ごすのが『普通』だよ。けれど貴族にとってはまた違うだろう?」

「確かにそうだな」

 俺たちにとってライスを日常的に食べていても、街のほうへ行けばライスはそう店で扱われておらず代わりにあるのはパンだ。

 俺の思う『普通』とは、常に命の危機に晒されているわけでもなく何かに追われているわけでもなく。朝昼晩に飯が食え、雨風をしのげる寝床があり、常に傍らに剣を置かないでいれる状況がそれなのだと思っていた。そのように日々を過ごすことができるのならば、どれほど幸せなことなのだろうかと。

「クラウスは、小さい頃から少し変わっていたよ」

「そうなのか」

 親にそう言われるのは心外だが、それは恐らく前世の記憶を持って生まれたからだろう。身体が子どもだからといって中身はジジィなため、子どもらしい言動をしてきたことはなかった。

「どうしてあれほど身体を鍛える必要があるんだろうってずっと思っていた。クラウスは『何かあった時のために』と言っていたけれど、それにしてはやりすぎだとね。まだ身体が出来上がっていない子どもがあの鍛錬をするのは無茶をしすぎてるって何度も止めようと思った」

 クラウスはやめるつもりなんてまったくなかったみたいだけど、と続けた父の言葉に黙って耳を傾ける。父の言うとおりだ、恐らく俺は今世のあの年齢にしてはやりすぎていた。だがやらずにはいられなかったのだ。前世の記憶がある分、力のない時に魔物に襲われた時の恐ろしさを覚えていた。

 人々が魔物に襲われる心配がなくなったからといって、何も起きないわけがない。突然賊に襲われるかもしれない。もしかしたら魔物が再び人間に襲いかかるかもしれない。ある意味では、俺は慎重で臆病だったのかもしれない。

「でも、なんだろうなぁ……段々と、クラウスは斧より剣を手に持っているほうがしっくりきているんじゃないかって思うようになったんだ」

 その言葉に出かかっていた言葉が喉で詰まった。

「令嬢の隣にいても何も違和感なかったよ。剣を持っていたらまさにお姫様を守る騎士だ。なぁクラウス。普通ってさ、人の数だけあると思わないか?」

「……人によって、違うと」

「そう。そしてクラウスの普通は俺の跡を継いで木こりになることじゃない――剣を持つことが、クラウスにとって普通だと父さんは思うよ。だってクラウス」

 ある程度の作業を終え父が上から降りてきた。周りを見渡してみると他の村の人たちもそこそこに作業は進んでいたようだ。父は作業していた俺を労るように、軽く肩をポンと叩いた。

「まるで誰かをずっと探してるみたいだ。それが誰なのか父さんにはわからないけど」

 お疲れ様、と言い残し父はまだ作業が残っている人たちの元へ手伝いに向かった。俺もまだ終わっていないところへ向かうために足を進める。

「ずっと探してる、か」

 やはり父親というべきか、こうも色々と己の心情を察することができるとは見事だ。しかも当人が気付いていない、いや、気付こうとしなかった箇所まで見抜いてくるとは。

 ずっと探してる、そうなのかもしれない。前世で敬愛した王のような人物を、俺は探しているのかもしれない。己の忠誠を誓いたくて、己の剣を捧げたくて。

「普通とは、難しいな。女神よ」

 団長として生き抜き女神に会った時の儂は、確かに剣を置こうと思っていたはずなのに。


 準備は順調に進み、聖誕祭当日となると村はすっかりお祭り状態だ。他所がどうなのかは知らないがこの村では昼間に女神に供物と舞いを捧げ、日が暮れてからが本番だった。あちこちの家で作られた料理を皆こぞって持ち寄り、祭壇周囲に腰を下ろした村人たちは宴を始める。他愛のない会話をし、誰も彼も楽しそうに食事をしている。

「すごく賑やかね」

「毎年こうだ。貴族は違うのか?」

「まったく違うわ。貴族、というより王族ね。神官の長い長いお告げに入りみんなで祈りを捧げ一度そこで解散。その後のパーティーは腹の探り合い。とても退屈よ」

「確かに楽しくはないな」

 俺の隣に腰を下ろした令嬢の手にある皿にあらゆる料理が盛られている。先程まで村の女性陣に絡まれていたからその時にあれよあれよと盛られたのだろう。これだけの量を令嬢が食えるわけもなく、代わりに俺がその料理に手を伸ばした。

「味は大丈夫だったか?」

「ええ。普段食べるものと全然違うけれど、でもみなさんが作ってくれた料理もとても美味しいわ。こういう味付けもあるんだって気付かされたもの」

「それはよかった。その言葉を聞いたら女性陣も喜ぶだろう」

「ええ、ちゃんと伝えたわ」

 ああ、伝えたからこそ余計に盛られたのだと納得し苦笑を漏らす。誰だって褒められれば嬉しいだろう。しかもこの村には少ない年頃の娘が建前なしでそう言うのだから、これもこれもと食わしたくもなる。

 儂も昔は若いのが頬張りながら美味しそうに食う姿を見るのが好きで、あれやこれや食わせたこともあったなとコップに口を付ける。

「クラウス」

「なんだ」

「それ、お酒じゃない?」

 ところがだ、令嬢が俺が持っているコップを凝視してきた。

「……水だ」

「透明だけれど、水ではない香りもするわ」

「……水だ。少量のアルコールが入ってる……」

「お酒じゃない! わたくしたちはまだお酒を飲める年齢ではないわよ?!」

 目敏い。なぜ気付くんだとこちらに伸ばしてくる令嬢の手をサッと避ける。

「俺が水と言えば水だ」

「そんな言い訳が通用するとでも? 駄目なものは駄目よ!」

「ぬっ?!」

 勢いよく伸ばされた手は俺の手からコップを掠め取ってしまった。いやいや、この程度の度数は酒ではなく水だ。うん、紛うことなく水。酔うわけでもなくただほんの僅かな香りを楽しむ程度のものだ。

「あっ、アリシャちゃんクラウスからお酒取り上げてくれたんだ! 助かったよ。クラウスはなぜか昔から酒を飲もうとすることがあってね……」

「わたくしが見張っておきますわ」

「助かるよ。クラウス、アリシャちゃんを困らせるようなことはするんじゃないよ?」

 令嬢側の父まで参上しいよいよもって俺の手に酒が渡ることがなくなってしまった。いいだろう酒ぐらい。そんなまだケツの青い子どもというわけじゃないんだ、多少飲んだところで身体に支障をきたすわけでもない。

 年寄りの楽しみを奪うもんじゃないと眉間に皺を寄せれば、令嬢からは正真正銘の水が渡された。

「この村の者なら若い時から多少飲んでるぞ」

「駄目なものは駄目。先程の貴方のお父様の様子を見る限り『少量』ではないでしょう?」

「だからあれは水だと」

「お酒よ」

「……ケチだな」

「貴方からそんな言葉聞くなんて思いもしなかったわ」

 頬杖をついた俺に次に令嬢が差し出してきたのは、二件ほど隣に住んでいる家の手料理だった。うちの豪快な母とは違いそこの奥方はデザートなどを作るのが上手く、視界に入るアップルパイは相変わらず美味しそうだった。

 俺としては、酒とその供として魚の干物のほうがよかったんだが。隣で美味そうに食べる令嬢の姿を見ているとそれも美味しそうに見え、ワンピースを頂いて口に運んだ。

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