15.帰省
「随分と人が減ったわね」
「だから遠いと言っただろう」
馬車は進み続け一人、また一人と降りていく。首都からだいぶ離れ空気もより澄んできた。辺りを見渡すと建物の数もグッと減りより一層緑が映える景色となってきた。馬車の中で一泊したものの令嬢は乗り物酔いをしている様子は見られない。
やがて馬車はゆっくりと減速していき、俺が先に降りて令嬢に手を貸す。二人分の荷物を手に取り御者に礼を告げ、走り去る馬車を見送った。
「少し歩くぞ」
「ええ」
学園のある街のように道が綺麗に舗装されているわけではない。そんな道で令嬢が躓かないよう様子を伺いながら足を進める。しばらく歩けば見えてきた小さな村。あんな大きな街を見たあとにこの村を見ると改めて小さいんだなと思ってしまう。
簡易的に作られている門をくぐればすぐに村の人が俺たちに気付く。それもそうか、この村で人の出入りなんてそうない。しかも今は女神の聖誕祭であちこち人が表に出ているため誰かが入ってくればすぐに気付く。
「おやクラウスじゃないか! 帰ってきたのか!」
「ああ」
「ん? んん? おやおやおや? 一人じゃないんだな! こりゃ祝いかい?!」
「違う」
そうなることは容易に想像できた。だが必要以上に絡まれる前にさっさと行こうと足早に村の中を歩く。道中顔見知りのじいさんばあさんに軽く挨拶をしながら歩いていると、目的の場所まではあっという間だった。辺りを興味津々に見渡している彼女を視界の端に入れつつ、目の前にあるドアを開く。
「ただいま」
「あらおかえりクラウス。無理して帰ってこなくてもよかったのよ?」
「人手がいるだろう?」
「確かにないよりあったほうがいいけどね。お父さんはまだ裏山で仕事をしているわ。聖誕祭の準備でいつもより仕事量が増えて大変よ」
「そうだろうな。俺も手伝いに行ってくる」
「先に荷物置いて軽食食べていきなさい。準備してるか、ら……?」
実家に帰ってきた声で我が子と判断した母は、こちらに視線を向けずにせっせと自分の手を動かしながら俺と会話していた。そのため、一人で帰ってきたものだと思っていたのだろう。ふとキッチンから顔を出した母はまず俺の姿を視界に捉え、そしてその視線を隣に向けてゆっくりと固まっていった。
「……え?」
「お邪魔します」
「……え?! そちらの可愛らしいお嬢さんは誰なのよ?! 彼女?!」
「違う。ついてきたんだ」
「ついてきたんだ、じゃないでしょう! 学園のお友達? ここまで遠かったでしょう? こらクラウス! 女の子をいつまで立たせているのよ!」
「というわけだ。適当に座ってくれ」
「元気なお母様ね」
「恐らく庶民の母親は大方あんな感じだと思うぞ」
母がバタバタとキッチンから現れ、椅子に座った令嬢にすぐにお茶を差し出していた。貴族の令嬢なのだから村のお茶などそう美味しく感じるものでもないだろうと思いはしたが、彼女は何も言わず礼をだけを告げ口につけたため俺に何も言わない。
まさか女子を連れてくるとは思っていなかった母はずっとテンションが高い。とにかく興奮し興味津々だ。令嬢には悪いがそんな母の相手をしていてくれと思いつつ、手に持っていた荷物を部屋に持っていく。自室で服装も軽装に着替えリビングへと戻った。
「父さんの手伝いをしてくる」
「あら! 女の子一人置いていく気?」
「森に連れて行くわけにもいかないだろ。彼女の相手は母さんに頼むよ」
「しょうがない子ね。えーっと、何ちゃんかしら?」
「アリシャです」
「可愛らしい名前ね! アリシャちゃん、何もない村だけどゆっくりしていってね。まったく、クラウスも彼女連れてくるなら前もって手紙で知らせてちょうだいよ!」
「だからそういうのではない。行ってくる」
「こらクラウスー! もう、ああごめんなさいねアリシャちゃん。クラウスったらいつもああなのよ」
母の賑やかな声が外まで筒抜けだが、だからといって反論すれば長時間拘束される。村の、というか父の手伝いをしに帰ってきたのだから母に拘束されるわけにもいかない。
令嬢、あとは頼んだと倉庫から道具を取り出しさっさと家から離れた。
この小さな村は、言い方は悪いが田舎だ。自然に囲まれ小さな集落として支え合い日々を暮らしている。聖誕祭ともなれば村人総出だ。男手は力仕事を任され、女手は主に食事の支度などに勤しむ。聖誕祭の時は村の中心部に祭壇を作るため、父はその材料調達のために森に行くのが毎年恒例だった。
行き慣れた道を歩き森に入る。遠くから数人の野太い声が聞こえ、重いものがズシンと横たわる音が響いた。軽く振動が身体に響いたが気にせずに森の奥へと足を進める。
「父さん」
「ん? おおシルトんとこの子どもが帰ってきたぞ!」
「よかったこれで少しは捗るわい。若いの、交代じゃ交代」
「ああおかえり、クラウス。悪いね早速手伝わせて」
「そのために帰ってきたんだから気にするな」
男たちが祭壇のための木を伐採しており、その中に父の姿もあった。タオルを首に巻き汗を流しているところを見るとかなり仕事量をこなしていたようだ。俺も木に近付き、手に持っていた斧を構えそして思いきり横に振り切る。
すると木にはあっという間に亀裂が入り、ピシピシと音を立てる。そこにもう一発見舞ってやれば木はすぐに地面の上に倒れた。
「……相変わらずの馬鹿力だの」
「あの子は要領がいいんだよ」
じいさいんのそんな声を気にすることなく、祭壇に必要な量だけを伐採するべく次々に斧を振るっていった。
ある程度伐採が終われば細かく切り分け、それぞれ肩に担いで村に運んでいく。伐採までは苦戦していたようだが、俺が次々に切っていったためその後の仕事は捗った。俺も最後に残っていた木材を肩に担ぎ村へ戻ると、そこには女性たちが食事の支度をして待っていてくれていた。父は早速母からそれを受け取り、他の男性陣も同じように休息を取っている。
肩に担いていだ木材を下ろし、一度軽く息を吐きだす。この後にこれを組み立てて祭壇を作らなければならない。その辺り毎年やっている年上の男性たちが得意としているため、俺は彼らの指示を聞いて動くだけだ。
「クラウス」
声が聞こえたため視線をそちらに向ければ、令嬢が手に食事を持ってこちらにやってくる。服装は先程着ていたものとは違う。動きやすいようにと母が自分のお古を彼女に貸したのだろう。
「結構大変そうね」
「だが毎年やっていることだからな。俺としてはそう大変ではない」
「そうなの」
「ところでそれは?」
先程から令嬢が手に持っているものが少し気になっていた。周りと同じように食事を持ってきてくれたということはわかるが。
「……貴方のお母様から教えてもらって作ってみたの」
「令嬢がか?」
料理ができたのか? とつい言葉にしてみれば彼女はわずかに苦笑してみせ「初めてよ」と返してきた。
彼女が持ってきたのはライスボールだった。首都ではライスがそう取り扱われていないがこっちでは普通にライスの食材を収穫できる。よって村ではそれが主食となっていたのだが、令嬢にとっては珍しいものだっただろうに。
しかもライスボールは自分の手で握って作るものだ。どうやっても手はライスでベタつく。料理をやったことがない貴族の令嬢ならそれだけでも嫌がりそうなものなんだが。
「す、少し歪になってしまったけれど、味は大丈夫だから。ちゃんと、味見もしたから」
確かに令嬢が作ったライスボールの形は、わりと歪だった。皿の上にはあちこち粒が散らばっている。だが味見もしたということは大丈夫だろうと俺はそれに手を伸ばし、迷わず口に運んだ。
「どう……?」
「うん、普通だな」
「そこは『美味しい』って言うものじゃないの?」
「ライスボールは特に味付けしなくても普通に美味いからな」
「……作り甲斐がないわね」
それは母にも言われたことがある。が、昔と比べて今は食材がかなり充実している。特に味付けをしなくてもどれもちゃんと美味しくできているのだ。雑草を食ったり下手したら魔物の肉を焼いて食っていた身としては、今の食事はそれだけで十分美味いと感じていた。
「これから『祭壇』を作るのよね? 何か儀式でもするの?」
「いいやそのような仰々しいものではない。ただ供物を捧げ当日は祭壇に集まりみんなで飲み明かすだけだ」
「あら、楽しそう」
「酔っ払いの世話は大変だぞ?」
「でも見てみたいわ」
恐らく去年までは堅苦しい聖誕祭だったのだろう。クスクスと楽しげに笑う令嬢に思わずフッと表情を緩める。まったくこの令嬢は、無理してついてきたかと思えば令嬢として大変であろうこの環境を楽しんでいる。大したものだ。流石は王子の婚約者に選ばれただけはある。
「あらあら、仲良しさんねぇ」
「微笑ましいわぁ」
ただ村のばあさんたちから俺たち二人を見てそんな感想を漏らしており、周りが勝手にほのぼのとしているのは若干居心地が悪かったが。更に困ったことは令嬢がなぜか満更でもない顔をしていたことだった。
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