14.旅は道連れ

 翌日登校すると案の定、教室に入った途端友人から根掘り葉掘り聞かれた。

「デート?! デートしてた?! アリシャ様と!」

「デート?!」

「違う」

「二人で街にいるところを見たんだよ! アリシャ様からは手ぇ振られた! やっぱりデートだったんだろいい雰囲気だったもんな!」

「違う」

 護衛だ、と言いたかったがそれを言ってしまえば自分から外堀を埋めることになってしまう。よって「違う」という一言でしか返せない。

 が、俺の言葉など端から聞くつもりはなかったのだろう。友人たちはすっかり昨日の出来事を『デート』だと言い自分たちだけで盛り上がっている。当事者を置いてけぼりにするのはよくないと思うぞ、若者よ。

「でもアリシャ様には親近感が湧いちゃった。自分を守ってくれた人と街に一緒にお出かなんて、喜ばないはずがないもんね」

「ね~? 私も見たかったなぁ」

 それもまったく違うぞ、女子たちよ。と、俺がいくら言ったところで彼らはもう聞く耳を持ってはくれないのだろう。

 しかもそんなことがあった後日、更に追い打ちをかけるように再び令嬢の呼び出しがあったのだ。いつもどおりにハワードかと思いきや、身も知らぬ貴族の生徒から呼び止められ最初こそは警戒したが。

「うちは成り上がりなんです。なので一般クラスに来ることぐらいどうってことないんですよ。気にしません」

 そう告げたのは男子だったが、どうやら元は職人の家柄でフィーリア家御用達だったらしい。令嬢とも何度も顔を合わせ会話をしているため、今回のお願いには快く承諾したとのことだった。

 そして呼び出されたのはまさかの中庭だ。色んな生徒が行き来し、どうやっても目撃されてしまう。わざとか、わざとだな。何をそんなに必死に外堀を埋めようとしているのかはわからないが、断れば更に状況は悪化するかもしれない。

 渋々中庭に足を運べばベンチに座っていた令嬢が俺に気付き、ひらりと手を振ってくる。正直に言うと、令嬢は一般クラスから大人気だ。庶民にも優しく言葉に耳を傾けてくれるため慕う者も多い。ということで、彼女が手を振っただけで奇声を上げるほどのめり込んでいる生徒もいる。

「なぜ中庭なんだ」

「隠れる必要があって?」

「俺にはある」

「わたくしにはないわ。ほら、座って?」

 そう促され、息を吐き出し渋々令嬢の隣に腰を下ろす。興味深げにこちらに向けてくる視線に居心地の悪さを感じる。

「もうすぐで聖誕祭でしょう?」

 聖誕祭とは、彼の女神へ日々の感謝として祈りを捧げる日だ。その日は国民全員で祝い、その準備のため前後には長期休暇がある。休暇は学園も例外ではなく、学生だけではなくほとんどの人間が準備のために仕事を休む。

「貴方も暇だと思うから、わたくしの家にお招きしようと思って」

「暇ではないぞ」

「え?」

「故郷に帰るが?」

「え?」

 年に一度ある長期休暇だ、地方からやってきた生徒はほとんど実家に帰るつもりだ。俺も例外ではない。聖誕祭はあの小さな村でも行われており、毎年俺は準備の手伝いをしていた。今年もそうだ、休暇があるのだから村に帰って準備の手伝いをしなければ。

「で、でも、貴方の故郷とここでは距離があるでしょう?」

「帰れない距離ではないが?」

「……」

 何やら口を僅かに開いたまま固まってしまった。何がそんなに意外に思ったのだろうか。小さな村……言い方は悪いが、田舎だからといって細々と祝うとでも思っていたのか。心外だ。

「そっ、そうなのね。わかったわ」

「……? ああ。話はそれだけか?」

「……ええ」

「では失礼する」

 長期休暇をどうするかの確認だけだったのか、と納得した俺は立ち上がり中庭から立ち去った。未だに複数の視線が肌に突き刺さるがそれをいちいち気にしていると埒が明かない。

 ついでに、振り返ってしまえばまた面倒事に巻き込まれそうな気がして令嬢の表情を確かめることはしなかった。教室に戻れば戻ったで、呼び出しを目撃した生徒からまた質問攻めに合うのだからたまったものではなかった。


 いよいよやってきた長期休暇。友人や寮で隣の部屋にいる生徒などに挨拶をすませ、最後に寮母に見送られ荷物を持って寮を出た。俺の村は首都からわりと離れているほうなため、出発も他の生徒に比べて早い。

 移動手段は乗り合いの馬車だ。複数人乗るためやや狭く乗り心地もあまり良くはない。だが歩き続けるよりはずっとマシだ。昔なら馬に乗って移動していたが今は庶民である以上、自分の持ち馬など存在していない。

 停留所まで移動し、やってくるまで黙って待つ。時間があるため荷物のチェックなどもしながら時間潰しをしていた……のだが。ふと視線を上げ、辺りを見渡す。俺の他にも乗合馬車を利用する客は数人いる。老若男女、恐らく殆どが聖誕祭のために故郷に帰る人たちばかりだ。

「……」

「……」

 そんな中、一人の人物と目が合った。あちらは俺と目が合った瞬間目を背け顔を背けた。ジッとそのまま見つめていたが、その視線に更に顔を背けようと身体ごとこちらに背を向けた。

 が、俺は容赦なく近寄り肩に手を置いた。なるべく力は入れないよう極力注意し、こちらを振り返るようにグッと軽く引く。

「……」

「……」

「……令嬢」

「すぐにバレてしまうわね」

「ここで何をしている」

 なぜか令嬢が、普段とは違う身なりで停留所にいるではないか。物珍しさにこの場所に来たのか、と思うわけがない。ならばなぜトランクを両手でしっかりと持っている。なぜ護衛をする騎士の姿が周囲に見当たらない。

「何をしている」

「社会勉強よ」

「聖誕祭は庶民に比べて貴族のほうがしっかりとするだろう」

「そうよ。去年まではエドガーの婚約者としてずっと行事に参加していたわ。でも今年は参加しなくていいの。時間が余っているのよ」

「ご両親の許可は得ているのか」

「『友人のところへ行くわ』と言っておいたわ」

「令嬢」

 グッと腕を引けばその身体がまるでその場から動かないと言わんばかりに踏ん張りを見せる。

「どこへ行くつもりだ」

「わたくしの勝手でしょう?」

「俺の予想が正しければ俺の後を付いてくる気ではないのか?」

 俺の言葉にまるで誤魔化すかのように令嬢はただ笑みを浮かべた。だが無言は肯定だ。更に腕を引っ張ればその細い身体は簡単によろめいた。

「屋敷に戻れ」

「どうしてよ」

「俺の故郷は遠いということは知っているだろう? 護衛を連れているのならまだしも令嬢一人で向かっていい行き先ではない。親御さんが心配する。戻るんだ」

「貴方がいるじゃない」

「俺にそこまで甘えるな」

 ぴしゃりと言いのけると彼女が初めて怖気づいた。少し言い過ぎたかと思ったが、だが令嬢の安全のことを考えると引き下がるわけにもいかないだろう。例え今は魔物が出なくとも、昔よりもずっと安全になったと言えど。女子一人で安全に旅ができるかと言われればそうでもないのだ。

「お前に何かあればご両親は悲しむだろう。騎士たちは自分の非力さを嘆くだろう。自分を想ってくれる周囲の人間にそのような気持ちにさせるな」

「……お父様は、いいと言ったわ……貴方と一緒ならば、って」

「俺は君のご両親に会ったことがない。そこまでの信頼度があるとは思えないが」

「わたくしが信頼しているのが何よりの証拠だと言っていたものっ……!」

 なぜ令嬢がここまで引き下がらないのか、俺にはその気持ちは計り知れない。計り知れないが、彼女がそんな必死な顔をしてでも屋敷に帰るつもりはないのはわかった。

 小さく息を吐き、掴んでいた腕を離す。どこか淋しげな表情をしてこちらの様子を伺っているが、俺は小さく息を吐き出したあと彼女のトランクに手を伸ばし持ち上げた。

「随分と重いな。何をそんなに入れたんだ」

「お母様が、万が一の時のためにって色々と持たせてくれたの……」

「そうか。その細い腕で持つとすぐに疲れるだろう。俺が持とう」

「……!」

「言っておくが乗り合いの馬車の乗り心地は令嬢が普段乗っている馬車と比べて随分と悪いぞ。長時間座り続けるが大丈夫か」

「頑張るわ」

 グッと握り拳を作った彼女に思わず苦笑が漏れる。そうこうしているうちに馬車はやってきて俺たちは一番最後に乗り込んだ。最初に俺が乗り、続いて乗ろうとしている令嬢に手を伸ばして軽く引っ張り上げる。俺は自分の荷物から布を取り出して隣に敷いた。

「気休め程度にしかならないがこの上に座るといい」

「あ、ありがとう……」

 まぁこれから道も悪くなるしどう足掻いても尻が痛くなるだろうな、という言葉は飲み込んだ。流石に令嬢に尻尻と言うわけにもいかないだろう。

 馬車が走り出し早速振動で彼女の身体が左右に揺れた。乗り物酔いしなければいいなと思いつつ肩を支えてやる。馬車の中は狭いためあまり大きく揺れてしまうと他の利用者の迷惑になってしまう。

 ふと目の前にいた見知らぬ青年と目が合ったが、彼は目を丸めて俺と令嬢に交互に視線を向けている。一体なんだと僅かに首を傾げたが、彼はなぜかサッと親指を立てていい顔をするだけだった。

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