7.対決

 学園にこんな場所があったのか、思わず口をぽかんと開けるところだった。

 まるで社交界のように広いホール。その中に貴族、庶民とそれぞれ生徒が集っている。一般クラスもそこそこに人数が多いと思っていたが、まさか貴族もここまでとは。

「うわぁ~……すっげぇキラキラしてる……」

「目もチカチカするけどね……」

「もう向こうのほう明らかに世界違うじゃん……」

 俺たちの周囲は見慣れた姿が多いが、ホールの奥のほうでは貴族の生徒の姿ばかりだ。確かに制服に違いはあるものの、そもそも纏っている雰囲気が違う。明らかに社交の場数を踏んでいる立ち姿は庶民には眩く見えるものなのだろう。

「いや……これでよく貴族とお近付きになろうと思うよな……」

「それだけ目標がしっかりしているということだろう。ところであれは持っているな?」

「おう、バッチリよ」

「結構な量になったよね」

 俺たちは別に貴族と交流を図ろうという目的ではない。事前に準備していたものをそれぞれ手に持ってこの場に来ている。友人が言っていたとおり、予想以上に量が多くなってしまい持ってくれる友人を増やしたぐらいだ。

 辺りは人数も多いためざわざわと賑やかだ。自然と貴族と庶民と別れて会話をしているため、これを親睦会と言っていいものかどうなのかという疑問は浮かんだがまだ始まったばかりだ。

 取りあえず俺たちは物を持っているため邪魔にならないよう端に立っていよう、と視線を動かした時だった。ざわめきが一層に強くなり自然と視線がそちらに向く。

 するとそこには顔の整っている男子四名と、そしてその傍には今話題の女子生徒が然も当たり前のようにとある男子生徒の隣を陣取っていた。

「出た」

「出たよ」

「うわ」

 一般クラスの面々からはそのような声を隠すことなく素直に口に出している。それもそうだ、彼女の蛮行を知っているためあの位置にいることがまずありえないという考えなのだ。

「アリシャ・フィーリア!」

 例の女子生徒が腕を絡ませている生徒が、この広いホールの中一つ声を上げた。なぜわざわざそんな大声で名を呼ぶ必要があるのか。

 俺たちは互いに視線を交わし、人混みの中少しでも前に行こうと足を進める。

「なんでございましょう、エドガー様」

「しらを切るのもいい加減にしろ。お前が彼女に行った数々の悪行を俺たちが知らないとでも思っているのか」

「まったく、身に覚えがございません」

「ッ……! なんという女だ……それが王子の婚約者としての態度か?!」

「すまない」

「すみません通ります!」

 二人の会話を耳に入れつつ、人混みを掻き分けて歩いているためぶつかっている生徒に謝りつつ移動する。というか先程彼女はあの男子生徒に「エドガー様」と言ったか。ということはあれか、あの男子が王子だったのか。確かに王族らしく洗練された佇まいに整っている顔だ。

「エドガー様ぁ……わたし、怖かったです。だって会う度に作法だの礼儀だの、それを建前にしてすごく嫌がらせしてきたんです……突き飛ばされたり、酷いこと言われたり……エドガー様たちも見たことがあるでしょう?」

「ああ、俺も確かにこの目で見た。それは俺だけではない、他にも目撃証言はある。アリシャよ、それが将来の妃のやることか? 嫉妬に狂いそのような醜い行動をしていたとは」

「証拠は」

 なんだこの茶番は、と思っているところで響いたのは凛とした声だ。あの団体と彼女との間には距離があり、生徒が自然と道を開けているためその二人の間はさぞ見通しがいいだろう。そんな中、一段高い場所から見下ろしてくる相手に彼女は顔を上げ真っ直ぐに視線を向けている。

「証拠はあるのですか」

「先程も言っただろう? 目撃者が多数いる」

「それが一体なんですか。どれもこれも状況証拠。物的証拠はあるのですかと、わたくしは聞いているのです」

「こんだけ目撃者がいるのにまだそんなこと言うわけ? そんなもんもういらないに決まってるじゃん!」

 そう横から口を出したのは顔が整っている四人の中の一人、その中でも一つ背の小さい男子だった。

「アリシャ……お前が素直に罪を認め謝罪すれば許したというのに……アリシャ・フィーリア!」

 王子が一歩前に出て彼女に向かって手を突き出した。

「お前との婚約は破棄する!」

 一層焦りの表情を見せたのは貴族のほうだった。王子と彼女との立場や力関係がどのようなものなのか俺は知らないが、どうやら貴族側にとって先程の王子の発言にはまずいものがあるらしい。中には一部だけだが嬉しそうに口角を上げている令嬢もいたが、恐らく彼女たちが婚約者の後釜に収まろうと考えている者たちだろう。

 婚約破棄を宣言した王子はというと、如何にも得意気な表情だ。それは王子だけではない、王子周囲の男子たちも、そして例の女子生徒もそうだ。こうやって大勢の前でそれを口にし、彼女に恥をかかせるのが目的だったようだ。

 だが、この場の空気に流されない者がいた。

「それは正式なものですか」

 今この騒動の中心にいる、アリシャ・フィーリアだ。彼女は喚き散らすことなく寧ろ動揺することもない。ただ毅然とした態度で王子と対峙している。

「それは王やわたくしの父にも報告し、そして出された結論なのでしょか」

「……ふん、そのようなこと事後報告でも構わないだろう」

「その程度の認識だなんて、驚きを隠せません。我々の婚約は王族とそしてフィーリア家の間で交わされた謂わば『成約』です。わたくしたちの一存でどうにかできる問題ではないことを、貴方も知っているのではありませんか?」

「ッ……! お前の行いを聞けば父上たちも納得するだろう!」

「それが虚偽の報告でしたらどう責任を取るおつもりですか」

「ひどぉい! わたしが嘘を言ってるって言うんですかぁっ?! わたしずっとあなたにひどいことされたんですよぉ?!」

「だまらっしゃい。誰が口を開いていいと許可しましたか」

「聞きました?! エドガー様っ! 庶民だからってわたしの言葉すら聞いてくれないんですよっ?!」

「ローガン、捕えろ」

 王子の一声で四人いた中の一人、そこそこに屈強な身体つきをしている生徒が大股で歩き彼女との距離を縮める。そして躊躇うことなく彼女に手を伸ばした。

「すまん、これを頼む」

「うわわっ?!」

 持っていたものを隣にいた友人に託し、俺は足に力を入れ床を蹴った。

「わたくしに触れないでくださる?」

「うるさい。お前などエドガーの婚約者に相応しくない。ただの醜い女だ!」

 女子生徒から悲鳴が上がる。ローガンと呼ばれた男子生徒が力任せに彼女の頭を掴み、床に押さえつけようとしたからだ。無抵抗の、力の弱い女子を鍛え抜かれた男子がだ。

「――ぐっ?!」

 だが、彼女が実際床に押さえつけられることはなかった。

「か弱い女子に暴力を振るうとはどういうことだ」

 彼女に手が伸びる前にその腕を掴み後ろで捻り上げた。体勢を崩したところで上から体重を乗せてやればその身体は簡単に床の上に転がる。力任せに起き上がろうとしているものだから、問答無用に背中を足で押さえつけた。

「なん、だッ、貴様ッ……!」

 下からくぐもった声が聞こえ、前方のほうでは騒がしい。顔を上げ視線を向ければなぜか向こうは怖気づいた。

「わたくしがそこの女子への行いの物的証拠がないようですが、こちらはあるのですよ」

「はっ……?」

「そこの女子が今までわたくしに行った嫌がらせの、物的証拠が」

 辺りはより一層騒がしくなる。しかし彼女はそんな様子を気にする素振りは見せず、また俺が男子生徒の動きを封じている様子も気にも留めていない。

 通常であれば、俺は貴族に暴力を振るったということで俺が咎められるはずだというのに。そのような反応を一切見せず、彼女はポケットから瓶を取り出した。

「先日、貴方の隣にいる女子がこれを持ってわたくしに殴りかかってきました。今そこにいる男子生徒はそんなわたくしを助けてくれたのです」

 瓶を軽く触れば中に入っている液体がちゃぽんと音を立てる。

「調べてみたところ、中に入っている液体は酸であることがわかりました。この瓶のガラスは割れやすい素材で作られており、これで殴ろうものなら瓶は簡単に砕け酸がわたくしの顔にかかっていたことでしょう」

「なんて惨たらしいことを……!」

「正気ですのッ? 令嬢の顔に、火傷を負わせようとしたということでしょう?!」

 令嬢側からそのような声が上がる。それもそうだろう、令嬢が顔に火傷を負うとなると今後の人生がどうなるか。彼女たちは同じ立場なためそれが簡単に想像できる。顔を真っ青にし非難の声を口にし、王子の隣に立っている女子生徒に視線を向ける。

 その視線がいい意味ではないことはわかっているのだろう、一斉にそんな視線を向けられた女子生徒はたじろぎ、焦りの色を顔に浮かべている。

「でっ、デタラメですっ! わたしを悪者にするためにそんな嘘を言っているんですよっ!」

「言っておくが目撃者も多々いたぞ」

 俺のその言葉を皮切りに、今まで後ろで様子を伺っていた生徒が数人前に出てきた。

「お、俺は見たぜ?! そいつが殴りかかろうとしていたところ!」

「私も見たわ!」

「ぼ、僕も……その場にいたから、見ました」

「殴ろうとしたのは間違いなく彼女だわ!」

 一斉に一般クラスの生徒から声が上がる。一人一人の顔を見て俺も小さく頷く。

「証言してくれた者は間違いなくその場にいた。俺はその時にいた生徒の顔を覚えているからな」

「っ、どうせアリシャさんが庶民を買収して証言させているんでしょうッ?! そんな卑怯な手を使ってまでわたしを悪者にするなんてひどいっ!」

 やはり一般クラスの生徒の声などはそこまで効果はないと思っているのだろう。命令されればなんでも言われたとおりにやると思っている貴族も多いはずだ。

 だが忘れてもらっては困る。そう反論している女子生徒も庶民だということを。

「わたくしが他に証拠を持っていないとでも思っているので?」

 そして恐らくだが、手数をより多く持っているのは彼女のほうだろう。

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