5.美女と密会
投影機を手に入れることができたことはよかったのだが、問題は使用する場所だった。
ハンナが言うには記録することはできるがそれは数秒、そして保存できるのが五つまでだそうだ。それ以上記録すると古いものから破棄される。ある程度試しで撮ることは可能だが使いすぎると劣化する可能性もあるとのことだ。
となれば使用頻度も限られてくる。できることなら彼の女子生徒の言い訳もできないほどの現場を撮るのが一番だが、今までよかれと思ってやっていたことが今は裏目に出てしまっている。あれほど一般クラスの生徒の前で行われていた犯行が今はなくなりつつある。よって、俺たちがその犯行現場に遭遇する頻度も減っていたのだ。
「ああクソ、やりきれねぇな」
「貴族の校舎でどうなってるのか私たちにはわかららないもんね」
「だからといって貴族の人に聞くこともできないし……」
友人たちがそれぞれ頭を抱え、それに対して謝罪する。皆は俺の言葉に耳を傾け実行してくれていただけだ。責任は俺にある。
「すまん。もう少し慎重にやるべきだったな」
「謝る必要ねぇって。そうじゃなきゃ今頃彼女もっとひどい目に合ってたかもしれねぇじゃん」
「だって瓶で殴られようとしてたんでしょ? 止めて当然よ」
そう口々にしてくれてはいるが、責任は取るべきだ。どうやってその責任を取るか、その方法を模索しなければならない。
ここ最近『普通』というものから遠ざかっているような気もしないわけでもないが、生きていれば何かしら起こるのは当たり前だ。別に魔物が襲ってきたわけでもないし盗賊に襲われたわけでもない。これが今の世の『普通』なのだろうと納得しながらも、今後のことで頭を回転させる。
しかし、しかしだ。儂は結構単純というか、どちらかというと脳筋のほうだ。戦いに対する戦略はいくらでも思いつくことができるが、貴族との駆け引きなどはやったことがない。そちらに関する経験値が乏しい。今と昔の価値観も違うため、今の価値観に合わせて動くというのも儂にとっては難しいものだった。
「お、おい、クラウス」
腕を組んで考え込んでいるとそんな声が聞こえ顔を上げる。そこには同じクラスの生徒がいたのだが、その表情がなぜかやや引き攣っていた。
「び、美女がお前をお呼びらしいぜ……」
「……なんだろうな。言葉だけ聞いたらすっげぇ羨ましいことなのに、俺全然いい予感がしねぇわ」
「奇遇だな。俺もだ」
友人の言葉に思わず賛同する。とはいっても美女から呼び出されたからといって喜ぶような感性を持っているわけでもないのだが。しかし呼びに来てくれた生徒の言葉通り受け取ると本来は喜ぶべきものだろうが、状況が状況だ。決して若者の甘酸っぱいものではないだろう。
「わざわざ呼びに来てくれてありがとう」
「い、いいや。なんつーか、うん、頑張れ」
「はは。そうだな、頑張るとしよう」
今から丁度昼休憩だ。その時間を見計らって呼び出したのだろう。呼び出されたあとに昼食を取る時間があるかどうか心配にはなったが、呼びに来てくれた生徒に礼を言いつつ教室を出た。
言伝の通りの場所へ向かえばそこには一人の生徒の姿。こちらと目が合って向こうは軽く頭を下げた。
「クラウス・シルトでしょうか」
「ああ、そうだが」
「こちらへ」
そう俺を案内する生徒は男子だ。ということは呼び出した『美女』とやらは彼の主だろうか。貴族の制服を着ているが偉ぶるわけでもなくこちらに対しても腰が低い。従者としての教育がしっかりと行き届いているのがわかる。
歩いている最中互いに口を開くことはなかったのだが、その時間もすぐに終わった。通された場所はテーブルと椅子のあるテラスだ。如何にも上品で、尚且つ周りは木々に覆われているため密会ができそうな場所。貴族御用達といったところだろうか。そのテーブルの席に一人の女子生徒の姿が見えた。
「シェリー様、お連れしました」
「ご苦労」
こちらへ、と先程の生徒に促されテーブルの傍まで足を進める。口を付けていたティーカップを綺麗な所作でソーサーに戻した令嬢は真っ直ぐにこちらに視線を向けてきた。
「貴方が噂のクラウスかしら。わたくしはシェリー・ノービリスですわ」
「噂とやらは知らんが、俺がクラウス・シルトだ。呼び出したということは何か用があってのことだろうが、それはなんだろうか」
「フッ、噂通りに媚びない人間ですわね。勝手に席に座ることも距離を縮めることもしない。随分と教育が行き届いている庶民だこと」
恐らくその言葉は皮肉だろうが、俺に対してのものではないのだろう。表情は少々歪められているもののこちらを見てくる瞳には嫌悪感はない。
「俺はまだ昼食を取っていない。できることなら手短で頼みたいのだが」
「多少口を謹んでもらえますでしょうか」
隙かさず案内してくれた男子生徒から横槍が入る。確かに多少は不躾だっただろうが、こちらとしては午後に剣術の授業が入っているため腹を空かしている状態のままでいたくはない。
「よいわ。下がっていて、ハワード」
「はっ。差し出がましいことを。申し訳ございません」
主の一声ですぐに引くことができるということは、二人の間にはしっかりとした信頼関係が築かれている証拠だ。心の中で密かに称賛し、再び令嬢へ視線を戻す。
「最近一般クラスのことを色々と小耳に挟んでおりますの。貴方を中心として、随分と活発に動いているようですわね」
「俺が中心というわけでもない。それぞれが自分の頭で考え行動しているまでのこと」
「あら、そうなんですの? それにしては随分と周りに慕われていること。報告などは貴方が受けているのではなくて?」
令嬢に言われて「ふむ」と思い返してみる。言われてみれば、自分のクラスだけではなく他のクラスもよく色んなことを知らせに来てくれる。誰かがそうしようと言ったわけでもなく、示し合わせたわけでもない。なぜか自然とそうなっていた。
だからといって俺が主導権を握り彼らを動かしているわけではないのだが。それぞれが、それぞれの正しいと思ったことをやっているまで。
「まぁいいわ。貴方を呼び出したのは他でもない、例のあの女のことですわ」
それだけで誰を示しているのかわかってしまうのは、彼の女子生徒の行動が貴族からでも異質に見えているからだろう。
「本当に目障りなことですこと。立場も弁えず好き勝手に行動し、しかも咎める立場である王子がそれを許容してしまう始末。このままでは貴族もその品格を問われてしまいますわ。ただでさえこちらの風紀も乱れてきているというのに」
「やはりそちらで動いているのか?」
「ええ。とはいえ貴族の校舎は流石にあの女も入っては来れませんわ。困っているのは王子がよく利用しているサロンに好き勝手に出入りしていること。そこで下品な言葉ばかりを並べているんですの」
「その情報は確かか」
「もちろんですわ。わたくしの従者は優秀ですの」
令嬢の視線が少し距離を開けて立っている男子生徒の元へと向かい、その生徒も目を伏せ頭を軽く下げる。
「そちらはどのような動きをしているのかしら。呼び出したのはその情報が聞きたかったからですわ」
「なるほど」
お互い手を焼いている人物が同じだということだ。ならば情報を共有しようと一般クラスの動きを令嬢に伝える。とはいえ目撃証言を集めていることと、犯行を行う直前でアリシャ・フィーリアを守ることしかできなかったわけだが。
けれど俺はこの場に持ってきてよかったと、とある物を胸元のポケットから取り出した。条件付きだが折角貰ったものの、使うタイミングに困っていたものだ。
「それは?」
「投影機だ。一般クラスの生徒の父親が職人らしく譲ってもらった」
「聞いたことはありますわ。ということはその生徒はハンナという女子生徒かしら。彼女の父親は珍しいものを作りますものね」
「知っていたのか」
「フフ、わたくしの情報網を侮ってもらっては困りますわ。しかしなるほど、投影機とはいいものを手に入れましたわね。それをわたくしの前に出したということは、使うタイミングに困っているのかしら」
「その通りだ。最近こちらのほうで彼の女子生徒が行動に移さんからな。確固たる証拠が手に入りにくい状況になっている」
「なるほど……?」
彼女は扇で口元を隠し、何か思案をした後パチンと小気味のいい音を立ててその扇を畳んだ。
「今こちらでは、その確固たる証拠は撮りたい放題ですわ。そうですわよね、ハワード」
「はい、仰る通りです。とにかく目障りですが常に視界に入る状態ですので」
男子生徒が一歩足を進めたが令嬢がそれを手で制した。彼女は立ち上がったかと思うと綺麗な所作で手を伸ばし、俺はその細く令嬢らしい綺麗な手のひらに投影機を乗せる。
「試作品らしく使用回数には限度がある」
「わかりましたわ。ああ、安心してくださいまし。これを盗もうだなんて卑しいことなど何一つ考えてはおりませんわ」
「己に誇りを持っている貴女がそのようなことをするわけがない」
「……フッ。わたくしの何を知っているのかしら」
それから使い方を令嬢と、そして男子生徒に説明しそれを託した。一応ハンナの要望である使用したあとの報告をしてくれるように伝えると、男子生徒のほうから報告するとのことだった。
令嬢がテラスから出て歩き出すと男子生徒がそれに付き従う。予想よりも早く話が終わり昼食を取る時間が残っているようでよかったと思う反面、気になることもあり口を開いた。
「令嬢はアリシャ・フィーリア嬢と親しい仲なのか?」
その問いかけに令嬢は足を止め、顔だけを僅かにこちらに向けた。
「いいえ。決して彼女のためではありませんわ。これは、公爵家の娘としてのわたくしの誇りのためですの」
はっきりとそう言葉にした令嬢はそれから振り返ることなく、綺麗に背筋を伸ばしこの場を去っていった。人の中身は行動によって表に出ると言うがまさにその通りだ。令嬢のことはまったく知らないが、話をしている間に見えた彼女の所作には己の誇りと自信が溢れていた。
だからだろう、己の矜持のために庶民の手を借りることに彼女は嫌悪感を抱いてはいなかった。利用できるものならばなんでも利用しよう、貴族がよくやる手だが彼女には貴族特有の嫌らしさはない。
「どうやらまだ捨てたものでもないようだ」
王子とその周囲の人間の話を聞く頻度が高かったため、今の王族と貴族は大丈夫なのかと心配していたが。どうやらそれはいらぬお節介だったようだ。
アリシャ・フィーリアも、そして先程の令嬢も己の立場をよくわかっている。だからこそ今動き出しているのだろう。
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