4.便利道具
順調に行っているように見えたが、どうやら向こうも向こうで上手く動いているようだった。
「なんか今度は王子とその取り巻きがいる時を見計らってやってるみたいなんだよ」
一般クラスの生徒が邪魔をするということで、今度は一般クラスの生徒がいないところで行動するようになったようだ。そうなったら自然と貴族の目につくことが多くなるだろうに、まさかそこまでの考えなしなのかと一瞬絶句した。
他の生徒の話ではアリシャ・フィーリアの足を引っ張ろうとしている令嬢もいるが、もちろんまともな令嬢もいるらしいとのこと。貴族の校舎に行けるわけではないため噂程度でしかないが、共有スペースで例の女子生徒の言動に眉を顰めている令嬢もいたそうだ。
ただ、その者たちも例の女子生徒が王子とその周囲を盾にしているため表立って言葉にすることができないとのこと。
「実に厄介だな。魔導師でもいればよかったんだが」
休日に寮から出て街の中を歩く。基本一般クラスの生徒は時間さえ厳守すれば出入り自由だ。休日に街に出かける生徒も多い。俺も何かヒントはないかとあちこちを見て回っている最中だ。
魔導師がいれば、確か魔術で映像を記録するものがあったはず。だが歴史の授業で習ったのだが魔物に怯えずに暮らせるようになった後、力を示そうとどうやら魔導師が争いを引き起こしたようで。そのせいで魔術を使うことを禁止され、今はそもそも『魔導師』という者たちは存在しなくなったようだ。正しきことに使えれば便利なことも多かったのだが、そんなことが起きてしまえば禁止にせざるを得ない。
だからか、昔は手軽に魔術も使えたものだから店で取り扱っている物もそれに関するものが多かった。しかしこうして見てみると今は日常生活に必要な物が置かれるようになっている。これも時代の流れか。
ちなみに『魔導師』としての存在は消えたが、その代わり『導師』として国の監視下の元で司法に関わっているようだ。その映像を記録する魔術は裁きの場では重宝するらしい。
俺としては、その魔術が欲しかったのだが。映像は確固たる証拠だ。いざという時の切り札になり得る。しかし残念なことに『導師』は庶民どころか貴族ですら中々手を伸ばせない存在。そして俺は昔も今も、そっちの系統はまったくだったため使えない。
「ん……?」
屋台のいい匂いに誘われつつも、ふと目を向けてみるとめずらしい物が視界に入る。装飾を扱っている店のようだが、店内には他の店では扱っていないような物が見える。庶民だとやや入りづらい店構えだが、まぁ気にしない。俺は迷わずその店に足を運んだ。
「いらっしゃい」
店主は中年の男性だったが如何にも歳の若い俺を見て一瞬だけ顔を顰める。なるほど、若者が気軽に入れるところではなかったか。
だが特に注意を受けるわけでもなかったため気にすることなく、先程外で窓越しに見えた商品の元へ近付いてみる。見覚えはなかったのだが、なんとなく懐かしさを感じたのだ。
「たっか‼」
だがついそう口にしてしまったことは申し訳ない。しかし一体ゼロが何度並んでいることやら。学生だから手が出せない、とかではなく普通の貴族でもそう手軽に手を出せるような金額ではなかった。
「なんだ、それが気になったのか?」
先程の俺の無礼な反応を気にしている素振りを見せず、寧ろ店主は気軽にそう声をかけてきた。
「あ、ああ。『投影機』と書かれていたものだから気になってだな……しかし、高いな」
「それは仕方がない。なんたって職人が好奇心で作り上げたものだからな。実際その投影機にはそこまでの価値がないんだ。今はその認知度がないからな」
実際店主も『投影機』がどのようなものなのか、しっかりと理解しているわけではないらしい。ただ職人に「導師の使う魔術に似ているもの」という説明しか受けなかったそうだ。
だが今まさに、その『投影機』とやらが俺が欲しているものなのだが。だが投影機自体に価値がないというのになぜこうも高値なのか。
「ならばなぜ?」
「売るために装飾のほうに価値をかけたんだよ。投影機には興味ないものの、貴族が物珍しさで買っていく。まぁ、職人も売れなきゃ話にならないからな」
「確かにそうだな」
投影機というものは恐らく中心部にある小さな部品のところだろう。しかし実際この現物はそこそこの大きさがある。装飾が豪華で実演で使うというよりもただの装飾として飾る物のようだ。
「ま、中には実際その『投影機』で浮気現場を撮った貴婦人もいたようだけどな」
となると後々しっかりとした商品で店頭に置かれそうだ。噂の広がりは驚くほど早い。しかもそれが「浮気現場を激写」となると拗れている夫婦や嫉妬深い人間はこぞって買いに来るだろう。そうなると装飾にこだわる必要もなくなり価格も落ち着くはずだ。
だがそこまで待つわけにもいかぬ。それを待っている間に向こうの動きは早いはずだ。
「今は手が出せんな」
「君は学生か? そうだなぁ、しばらく手は出せんだろうな。すまんな。こういうのに興味を抱く人間自体がめずらしくて俺も多少は配慮してやりたかったんだが」
「いいや、その心遣いだけで十分だ。感謝する」
「最近の学生はしっかりしているんだなぁ。君と話をしているとまるでうちの爺さんと喋っているような気分だ」
「そ、そうか」
そんなにジジィか。見た目は確かに若いはずなのに。
しかしすっかり店主と意気投合してしまったのは、俺の精神年齢がジジィだったせいだろう。次に来店した時こそ何かしら計らってやるという言葉に感謝しつつ、軽く頭を下げ店をあとにする。
「あれを手に入れるのが一番だったんだがなぁ」
ならば他に似たような物を探すか、となると恐らく難しいだろう。ならばまた別の手を考える必要がありそうだ。と、いい匂いがしていた屋台に近付きヤキトリなるものを買った俺は寮に戻ることにした。
「あの、クラウスっていう人は誰でしょうか……?」
それから二日後だ。相変わらず彼の女子生徒は今日も元気に頑張っていて、貴族の前だと一般クラスも簡単に口出しができないためその対策を練っていた時だった。賑やかな休憩時間にドアのほうからそのような声が聞こえ、友人たちと顔を見合わせながらそちらへ視線を向ける。
「クラウスは俺だが」
席から立ちドアへ足を進め、俺の名を呼んでいた生徒の前に立つ。制服を見て同じ一般クラスなのだとすぐわかったのだが、相手の女子生徒には見覚えがない。一体なんの用だろうかと首を傾げる俺にその女子生徒はこちらを見上げて半歩足を引いた。そうか、女子生徒に比べて俺は身長が高いから圧迫感があったのかもしれない。
「すまない」
「い、いいえ! えっと、店主さんからあなたの話を聞いたんですが……」
「店主?」
「あっ……街の、少し癖のある物を扱っている雑貨店なんですが……訪れました、よね……?」
「ああ、もしやヤキトリを取り扱っている屋台の近くにあった」
「はい! そこです! 実は私の父がそこに商品を卸していて……あっ、父は職人なんです」
「うん、なるほど?」
なんとなく話が見えるようで、けれど主体が未だにわからないため若干首を傾げる。話をするのが苦手なのかもしれない。恐らく当人も自覚しているのかやや焦ったような顔つきになるが、急かすことなく次の言葉を待つ。
「えっと……あなたに、これが必要なのかなって」
そう言って女子生徒が取り出した物は、小さなその手のひらに収まってはいたが見覚えのある物でもあった。
「もしや『投影機』か?!」
「はい。あなたがこれを気にしていたって言っていたので……実はこれを作ったのが私の父なんです」
「こんなにもコンパクトに収まるものだったんだな」
「売るために装飾を派手にするって父も言っていたので……あの、これ差し上げますね。必要なんですよね?」
「いやしかし」
確かに欲していた物で必要な物ではあったが、彼女の口振りからするとまるで金銭が発生しないと言っているようなものだ。流石にそれは如何なものかと顔を小さく歪める。
好奇心で制作したとは聞いたが、作るには材料も時間も何より職人の技術が必要だ。それを無償という扱いをしていいわけがない。
「いくらか出そう。それが職人に対しての礼儀だ」
「い、いえ! 本当にいいんです! 父も趣味で作ったようなものですし……あっ、ただ、使ってみてどんな感じだったのかの報告は欲しいそうです」
「ほう? 今後の改良のためか」
「はい。まだまだ試作品なので父も売るつもりはなくて……」
「なるほど」
報酬はその経過観察ということか。職人ならば未完成な物を売るということ自体が許容できるものではないのかもしれない。確かに俺も見習いという立場だというのに護衛できたからと渡された金額には申し訳なさがあった。きっと不手際もあった、もっと上手く立ち回ることもできたはずなのに働きと報酬が見合っていなかったからだ。
「わかった。君のご厚意に甘えるとしよう。使用した時の報告も君にすればいいのか?」
「はい! よろしくお願いします。あっ、使い方を教えますね」
そうして「ハンナ」と名乗った女子生徒から使い方を教えてもらい、投影機を受け取ることにした。席に戻り友人たちにも一通り説明をする。
「そんなもんがあったんだな……つーか」
「うん、まぁ」
「どうした?」
「いやぁ……薄々思っていたことなんだけど。お前にそんなつもりはないってわかってんだけど」
「クラウスってちょっと人誑しよね」
「……はぁ?」
普通に会話したところをどう見てそう判断したのかわかりかねる。眉間に皺を寄せた俺に対し友人たちは妙な表情をするだけだった。
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