第四章 神様⑤

木梨先生は一縷の望みにすがる私たちを再び地獄に突き落とした。

「お母さまの体格では一人で照子ちゃんのドナーとしては不十分です。照子ちゃんの移植のためには二名からの生体肺移植が望ましいでしょう。生体肺移植は二親等以内でなくてはなりません。お母さま以外に二親等以外の親族の方に相談できますか?」


「お父様は今すぐドナーになっていただくことはできません。」

木梨先生が残念そうに言う。男は安心したように笑った。

「まず、暴飲暴食をやめてやせてください。余分な脂肪が肺を圧迫して肺の機能が低下しています。また喫煙もやめていただかなくては。」

「は、はい。なんとかやめようと思ってるんですが、、、」

男が卑屈そうに笑っている横で私と母は、表情のない顔を浮かべていた。


その夜、母はしばらくやめていたお酒を飲んだ。

リビングで深夜に一升瓶を飲んでいる母を見つけてトイレに起きた私はぎょっとした。

「お母さん!木梨先生からも体壊すって言われてるじゃない!」

私は焦って日本酒の一升瓶を取り上げた。

「照子、ごめん、ごめんなさい。。。」

母は私にすがってないた。私達は天涯孤独だ。他に家族などいない。父に断られた時点で絶望だった。

「いいの。お母さん。私、あの男の肺なんてほしくなかったからさ」

私はそう強がってみせた。本音を言えば、誰の肺でもよかった。でもそれを言ったら母が壊れてしまう。そう思った。

ひとしきり泣いた後、母はリビングでそのまま寝てしまった。私は母をベットまで運ぶ体力はなく、母に毛布をかけて、リビングを出た。去り際、

「照子、私はどんなことをしてもあなたを死なせないから。」

母がそう言った気がした。


中学二年生になってからはほとんど学校に行けなかった。学校を休んで岡山にも行き、肺移植の専門家の先生とも何度も面談した。

しかし、やはりドナーは二人必要という返答だった。

八月の終わり、五回目の入院で、ついに私の肺が酸素なしでは機能しなくなり在宅酸素の練習を始めると同時に私の肺移植が決まった。

二人目が誰なのか、母は、

「あなたのお爺さんよ」

としか教えてくれなかった。

実は病死としていた祖父は蒸発しただけであり、生存していたというのだ。

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