第四章 神様④

いつも、病院に泊まっていてひげ面で熊のような先生だった。

「そう。中学生になって照子ちゃんの体は一五〇センチになった。お母さんもそれくらいなので照子ちゃんの大人としての体格に到達したと仮定すると、今から考えた方がいい。もともと発症が早いから経過が予想できない。急激に進むと危険なんだ。肺移植をすることでLAMの経過が大幅によくなった人も多い。照子ちゃんはもう少し悪化すれば在宅酸素の適応になるし、若年なので十分肺移植の必要性が検討される。」

私と母は、答えることができない。しかし、と先生はつづけた。

「日本における移植医療は大幅に欧米に比べて遅れていてね。昨年、肺移植を受けた人は全国で約五〇例しかいない。特に脳死肺移植は圧倒的に厳しい倍率でね。今から順番を待っても数年かかる可能性もある。」

私は天国から地獄に叩きつけられたような気がした。

「どうすればいいんですか!」

母は金切り声をあげた。何か月もまともに寝てない母はそれでよろけてしまう。私がとっさにささえるが、私よりも細い二の腕が痛々しかった。

木梨先生は少し間をおいた後、悩んだように口を開いた。

「生体肺移植を検討したいと思います。照子ちゃんをしっかりと元気に過ごさせてあげるには一番いい方法かもしれません。」

「生体肺移植?」

「人間の肺は多くの役割を担っていますが、肺の部位別にやっていることは大きく違いはありません。大体人間の一五-二十パーセントの肺は生涯なくても困らないといわれています。健康な方が条件ですが、生体から一部肺をもらって、患者さんに移植する医療が行われています。岡山大学が日本で初めて肺移植医療行った大学で経験も豊富です。一度紹介状を書きますので受診してほしいと思います。」

母の顔が赤らむのを私は久しぶりに見た。

「照子!私の肺をもらってくれる?」

そう言って母は私を抱きしめた。目からは涙があふれていた。

「お母さん。照子ちゃんに肺をあげたいなら、まずあなたが健康にならなくては。今のままではドナーになれませんよ。」

木梨先生は母の背中に手を置き、微笑みながら優しく言った。木梨先生がその話をしたのは、衰弱していく母を心配してだった部分もあったかもしれない。母が希望を持ち、体調を整えるように仕向けたのだ。

「わかりました。わかりました。」

母は口を手で押さえて何度もうなずいた。

わたしももしかしたら、生きられるかもしれないという希望にあふれる涙を止められなかった。

「ただし、」

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