第三章 燕岳④

いきなり急登から始まり、まだ日の出前なので足を踏み外さないように気を付けなければならない。

登山口からしばらくはうっそうとした森の中を進むのみで日が出ていたとしても景観はよくない。

生徒たちも無言で歩をすすめる。慣れない早起きであるのと、前の人に集中してついていかないと真っ暗ななかではやはり恐怖があるのだ。四〇分ほど歩いたところで第一のベンチがある。第一ベンチについたころにうっすらと太陽が昇りはじめ辺りが見わたせるようになった。

ベンチには体力のない子や自分のように寝不足でへばっている子が座っていた。僕は無意識に照子の姿を探したが、見つからず肩をなでおろした。いつもの照子であればもう、これぐらいではへばらないはずだった。

北アルプスの入門コースのひとつとして人気の燕岳は様々な高山植物が見れることでも有名だ。僕も照子のおかげで体力がつき、周囲の植物をみる余裕があった。赤や白のゴゼンタチバナやヒヤシンスのように花をたくさんつけた黄色のアキノキリンソウが目に鮮やかで疲れを忘れさせた。この花の名前を教えてくれたのも爺ちゃんだったことを思い出し、目頭が熱くなる。

僕の頭は相変わらず、翔馬に昨夜言われたことでいっぱいだったが、残念だがそれ以上考えは進まず、無心に歩いていた。

完全に日が昇り、四時間くらい歩いたころに僕らは合戦小屋と呼ばれる緑色の屋根をしたロッジ風の小屋に着いた。ここで一時間の朝食休憩をとる予定だ。

やはり、無意識に照子の姿を探してしまう僕の目に照子の姿はすぐ見つかった。

照子は最近になって仲良くなったほかの女子と談笑しながら朝食を食べていた。少し疲れは見えるが大丈夫そうだ。何故だかわからないが僕が照子を怒らせたせいで、完遂できなかった登山練習。しかし、照子はおそらく自主練をし、しっかり今日を迎えていたのだ。


朝食休憩も半分を過ぎたころ、突然小雨が降り始めた。予報では一日中快晴の予定だった。

山の天気を予測するのはやはり難しいらしい。雨は少しずつ強くなり周囲もガスでいっぱいになった。

先生達が何やら相談していたが、しばらくして生徒全員がカッパをきて合戦小屋の前で並ぶように指示された。ざわざわとした生徒たちを静かにさせると、三輪先生は言った。

「今回の集団登山はここまでとします。残念だけど、安全を優先します。」

残念そうにするもの、ガッツポーズをするもの様々だった。しかし、雨の音を切り裂くように

「納得できません!」

声が響いた。照子だった。

「榎並さん。これは決定です。下山の準備をしなさい。」

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