第三章 燕岳③

小声で翔馬が言う。

「ああ」

僕は答える。目を閉じ何気ないふうを装っているが、心臓の鼓動は早かった。翔馬が件の話をするのは間違いなかった。

「振られたから、見事に。」

飯ものどを通らないほど気になっていた事柄の答えは予想を超えるあっけなさで伝えられた。

「そうか。残念だったな。」

僕はなるべく平静を装って言った。

窓から虫の声がした。九月の燕岳の涼しい風が外で穏やかに吹いている音がした。

「まあ、なんとなくわかってたしな。」

翔馬は軽く言う。

しばらくの沈黙があった後、翔馬がおもむろに聞いてきた。

「そういや、お前の爺ちゃんが最後にお前に言った言葉って、意味わかったよ。」

「えっ!?」

僕は思わず叫んでしまう。誰も起きてないのを確認して小声で翔馬に聞いた。

「マジで?」

翔馬は真顔でうなずく。やはり翔馬は天才だ。僕は亡くなる直前爺ちゃんに言われた言葉の意味を図書館で数日調べたがわからず、登山の前日に翔馬にメールで相談していた。

「厳密な意味がわかったわけじゃないんだけど。何を指しているかは。」

僕は神妙な顔で翔馬を見る。

「お前が爺ちゃんから言われた言葉、<あめのたぢからおのみことになれ>だったよな。」

僕はうなずく。

「それは多分・・・」


翔馬も寝てしまった深夜、僕は翔馬から言われた言葉が頭をめぐり、眠れなかった。

「どういう意味なんだ・・・」


集団登山は朝三時起床だ。起床という言葉はそぐわない。僕は結局一睡もできなかったのだ。残念ながら羊を数えても効果はなかった。

結局、答えは出ずじまいだった。

日が出る前から登りはじめなくては一日で山頂まで行き、下校まで安全にはできない。

体力には問題なかった。むしろ脳は興奮しており、登山をして疲れて眠りたかった。

登山届を出す白いポストの前で全員が集まり、先生からのこれからの行程の説明を受けた後、全員でトイレをすませ山頂を目指す。

登山口からはまず合戦小屋という宿泊はできない山小屋を目指す。

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