第三章 燕岳②

「私ちょっとトイレ。」

そう言って照子が席を立った。明らかに僕と目を合わせないようにしたその顔はこわばっていた。

照子の席越しに翔馬が不満そうに聞く。

「お前らなんかあったのか?登山練習の予定もたたないし。」

僕はため息をつき前を向いた。

「知らねぇよ。」

翔馬には申し訳なかったが、僕は本当に何も知らないのだ。


九月十五日。集団登山の日が来た。

集団登山は一泊二日で行われる。一日目は燕岳には登らず、燕岳登山口近くの山荘に宿泊する。そして二日目の早朝から一気に山頂まで登り、下山、下校までするのである。

出発の場所である学校の校庭には、照子の姿があった。髪を後ろで一本にしばり、厳しい目をしている。ひどく緊張しているように見えて心配だった。一瞬目があったが、すぐ目をそらされてしまう。

「よぉ雄。」

翔馬が僕の肩を叩く。

「照子、先生からの許可がもらえたみたいだな。」

僕は何と答えていいかわからず。軽くうなずいた。

「なあ、俺今日山荘で照子に告白する。」

「はぁ!」

僕はとんでもなく大きな声を上げてしまった。

「声がでかいって。」

翔馬が僕をたしなめる。

僕は冷静さを取り戻すといった。

「なんで俺に言うんだよ。勝手にしろよ。」

「なんとなくお前の許可がいる気がしてな。」

翔馬は相変わらずの屈託のない笑顔で僕に言った。

僕らは燕岳の近くまで電車で行き、そこから数時間かけて山荘まで歩いた。山荘でも照子を見かけた。照子は疲れをみせていたものの、初めて葛山に登ったころとは別人だった。あれなら山頂まで行けるだろう。僕は肩をなでおろした。

しかし、僕は校庭で言われた翔馬の言葉が頭から離れなかった。翔馬も照子もいつも通りなのに、僕だけあたふたしているのが情けなかった。

就寝時間になり、僕の左隣に翔馬が寝た。

しばらくして、右隣りの相川が寝息をたてたのを確認すると、翔馬が僕に声をかけた。

「起きてるか、雄」

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