第二章 夏休み⑤

僕はそれをパラパラとめくった。

「登山記録?」

登山記録と題されたそのノートは、あの葛山登山口までの日よりも前から照子の集団登山への熱い思いが書かれた、写真を含めた記録簿だった。初日の日付は今年の七月になっている。その日から八月が終わるまで、僕らの練習した登山のルートと、照子の感想、そして絵日記のようなものが写真つきでノートいっぱいにびっしり書かれていた。そういえば照子がたまに携帯電話で写真をとっていたのを思い出す。ノートは昨日奥社で三人でとった写真で途切れていた。写真の中のはじけんばかりの笑顔の照子とついさっきの泣き顔の照子との対比が辛かった。

「私、心配なのよ。あの子は登りたいって言ってるけど、やはり一泊二日でしょ?もう少し体力がついてからでもいいんじゃないかって。でも今日私が明日からの準備で職員室にいることを知って、突然このノートをもってきたの、なんとか行かせてくれないかって。」

僕はノートから目をあげる。

「僕、ちょっと照子と話してきます。」

ノートを先生に返して一礼すると、

僕も階段を駆け上がった。千曲大附属中学は三年生が一階、二年生が二階、一年生が一階に教室がある。

予想通り、照子は教室の自分の机に座っていた。顔を机に突っ伏しており、表情はわからない。僕も自分の席に座った。

「聞いたよ。先生から」

照子は答えない。

僕はどうして、照子がそんなに集団登山にこだわるかどうしても聞きたかった。でも、それをあえて照子が誤魔化してきたのだから、それは聞いてはいけない気がした。

しかし、照子の体力が本当に集団登山に十分なのかは僕も自信がなかった。あらためて、僕はたまらなく照子が心配になった。そして、僕はなんとか照子の登山を諦める方法がないかと考えた。

教室の窓から見える大きな夕日をみながら、僕は言った。

「俺も休もうかな。集団登山。」

照子は答えない。

「実は、爺ちゃん具合悪いんだよね。もしかしたら九月中にやばいかもって。」

照子の肩が少し動いた気がした。僕は続ける。

「結構爺ちゃんと仲良くてさ。たった一人の孫だからかな?子どもころからいろいろ面倒みてもらったんだよね。まだ今年六十五歳なんだけど、心筋梗塞になっちゃって。先月から入院してるの。カテーテルの手術したんだけど、十分治らないらしくて。今も集中治療室なんだ。主治医の先生からは覚悟が必要かもって。」

爺ちゃんのことは、照子には言ったことがなかった。具合の悪い爺ちゃんを利用するようで申し訳なかったが、爺ちゃんの話をすれば、照子が同情して、話を聞いてくれると思った。

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