第一章 照子⑥

照子がさらに落ち込む。なんとなく楽しくなってきた。

「雄って意外に鋭いんだね。」

「なんだよそれ馬鹿にしてんのか」

苦笑しながら答える。

「とりあえず雄が何となく気になる。話してみたい。じゃダメ?」

照子が僕の顔を覗き込んだ。

別にお互い好意を持っていないとしても女子に近づかれると照れる。僕は照れを隠すために立ち上がった。

「ダメってことはないよ。照子可愛いし。嬉しくない男いないだろ。」

「えっ!」

そういって照子は両手を頬にあてて心の底から驚いたように僕をみた。悪い噂と人を寄せ付けない雰囲気であまりモテたこともなかったのかもしれない。

「ほら、嬉しそうな男その二が来たぞ」

そういって僕はあごをしゃくる。今日の試合の唯一の打点を持っている男が走ってきた。

「雄!榎並さんも!見てくれた?俺のホームラン」

整った顔に満面の爽やかな笑顔で翔馬は言った。

「うん。かっこよかった。すごいんだね。長田くん細そうに見えるのに。足も速いし。」

「翔馬は甲子園間違いなし。長野に二つ目の夏の甲子園優勝旗をもってくる男って言われてるからな。」

「えっ!長野って甲子園優勝したことあるの!?」

照子が目を丸くする。

「おいおい榎並さん!長野をなめてもらっちゃ困るよ。確かに近年は優勝はないけど、夏では千九百二十八年に今の松商学園にあたる松本商業が、春では今年から長野県飯田OIDE長姫高等学校って長い名前になったけど、長野県飯田長姫高等学校が身長百五十七センチと小柄な「小さな大投手」、光沢毅を擁して県立高校として初出場して優勝するって快挙を千九百五十四年に成し遂げてるんだぜ。」

自称野球馬鹿の翔馬は社会の偉人は覚えられなくても野球のことならなんでもわかると自負している。

「そうなんだぁ」

「翔馬はほんとに野球のことは何でも知ってるからなぁ。」

そう言って僕は思いついた。翔馬は野球は天才だが、勉強はからっきしだ。対して照子は授業を休みがちな割に成績は学年でもトップクラスだ。そして翔馬は照子が気になっている。

「そういえばさ、翔馬夏休み明けの実力テストって大丈夫なのか?夏休みの宿題も進んでないみたいだけど。」

得意になっていた翔馬は突然わかりやすく嫌な顔をすると

「雄。嫌なこと思い出させるなよぉ。」

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