第一章 照子④

負けを確信した九回裏、翔馬のホームランで一点を返し、鈴木先輩らがヒットをつないで満塁。そこで、たまたま代打要因として余っていた僕が使われた。相手ピッチャーは長野で五本の指に入る剛速球ピッチャー高崎だ。僕は今まで対戦して一度もヒット打ったことがない。今回もツーストライクと追い込まれていた。

「このままじゃ終われねーぞ」

僕は親にもあまり試合を見られたことがないので誰かが自分のために試合を見てくれていると思うと少し興奮していたのかもしれない。

とにかく百四十キロ後半の高崎の剛速球に当てることができないかと無心でバットスピードを速くした。

「カキーン」

金属バットが予想外の高音を立てた。僕の無心のバットがボールを芯でとらえ、センターの頭を超え転がっていた。

高崎が僕が打てるはずがないと思いど真ん中に投げたこの日最高の百四十八キロの速球だった。高崎の球は少しホップしながら打者に向かってくるので速球をとらえさえすれば、当たるとよく飛ぶ軽い球と言うことで有名だった。一瞬何が起ったのかわからない僕に、

「雄!走れー!」

その翔馬の馬鹿でかい声で僕は走り出す。全力のスピードで一塁ベースを蹴るとそのまま二塁ベースに向かった。しかしセンターも県内屈指の強肩である前橋だった。

「アウト」

審判の手は無情にも握られたまま空に向かって突き上げられ。僕は一瞬何が起きたのか理解できなかった。しばらくベースに座り込んでいるとそれがどうやら僕の足が遅かったせいでこの試合が負けたのだということがだんだん理解できた。二塁ベースから動けない僕は翔馬に肩を叩かれた

「ナイスバッティング。よくあの球を当てたな」

野球の麒麟児に、そんなことを言われると泣きたくなる。

僕はメットのつばを引き寄せ。赤くなった目を気づかれないようにした。


高崎の球を打てた充実感と、別に二塁打にしなくてもよかったのだから、一塁で止まり、ヒットにしておけば後続が続いて勝てたかもしれないという自己嫌悪。

何があそこまで自分を周りが見えなくさせたのか水飲み場の横に座り込み、ぼーっと雲が流れるのをみていた。

「おしかったね」

自分でも笑えるくらいにびっくりして声のした方をみた。

腰まで伸ばした長い黒髪、透き通るように白い肌、少し釣り目。小柄で華奢な少女、榎並照子が立って僕をみていた。

「あ…あぁ」

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