第一章 照子②

 「おい、またへばってんのかよ雄(ゆう)」

 二年生にしてショートでレギュラーをしている長田翔馬に声をかけられた。僕は ベンチギリギリのライトのバックアップなのに、なぜか翔馬とはウマがあった。

「体力なさすぎだろう。俺みたいに父ちゃんと山登りするといいぞ。今度お前もどうだ?」

「もう本当に山登りの話はやめてくれ。」

翔馬の父は日本一〇〇名山を制覇するほどのクライマーだ。翔馬はすでに燕岳に十回は登っており、今回の集団登山も週末の山登りくらいにしか思っていない。いや、そんなことは関係ないのかもしれない。翔馬は運動神経の塊なのだ。ほぼすべてのスポーツを初見で誰よりもうまくやる。それに明るく嫌味のない性格。ひたむきで努力も惜しまない。翔馬ならその気になれば世界で二番目に高く、しかしその難しさから登頂率が非常に低いK2ですら簡単に登ってしまうんではないかと思える。

「お前行きたくないとか随分周りに言ってるらしいけど、ずる休みだけはやめろよな。野球部の沽券に関わる。」

「知ったことかよ。学校全女子のアイドルである翔馬さえいれば野球部の人気は大丈夫だろう」

僕はそう言いながら休んでいたベンチから立ち上がる。三年生も一目置いている翔馬がベンチで休んでいる僕が三年生から罵倒されないように話しかけてくれていることは明らかだった。

「そうじゃなくて、お前と一緒に山頂に行きたいって言えない俺のいじらしい気持ちが伝わらないかねぇ」

皮肉な笑い顔を浮かべて僕に軟球を投げてくる。僕も笑いながらそれを返した。

 野球は楽しかった。ランニングは相変わらず嫌いだったが、球技はもともと好きなのと、紅白戦など練習試合は攻撃の時は予想通りベンチで休めた。翔馬のように二年生でのレギュラーとはいかないが、三年生ではしっかりライトのポジションがとれるように練習をした。

七月も終わりになるある日だった。

「なあ、また見に来てるな。」

翔馬から声をかけられる。翔馬が見る方にはひとりの少女が立ってこちらをずっと見ていた。彼女が榎並照子であることはずっと前から気づいていた。照子は席順では僕の後ろの席だった。授業中にも何度か話しかけられたこともある。しかし、「不良娘」という噂は小心者の僕にとっては必要以上のコミュニュケーションを避けるには十分な理由だった。黒髪でピアスもあけてない彼女と僕はまともに会話した記憶がない。同じクラスの緑色の髪をした男友達とは仲良く話せるのだが。

「なあ、今度試合に誘ってみようかな.」

翔馬は榎並照子のことが気になるようだった。真直ぐなスポーツマンの翔馬は恋愛も真直ぐで、想いを隠そうとしなかった。

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