第一章 照子①

長野県の中学には、他にはない特殊な慣習がある。

 「学校集団登山」

 長野県はその平均海抜が一キロを超え一〇三三メートルとなっている。これは全都道府県の中で他を寄せつけないダントツのトップである。

 日本一の山とされる富士山は誰でも知っているが日本の標高ベスト百の山を六十三個も有する県があることにはあまり注目されない。二位の富山県が二十六個のため、その特徴がよくわかる。そんな長野県で行われている中学生の行事が学校集団登山である。他県の人には信じられないだろうが、多くの学校で中学二年生になると一泊二日で三千メートル級の山を集団で登山する。近年の登山ブームの再来により多くの登山愛好者が様々な山に登るようになった。しかし、二千メートルを超える山に登ったことがある人は多くはない。登山の困難さは決して標高だけが問題ではなく、登山道の整備などルートによる影響は大きいといっても十三、四歳の体力でしかも運動が得意な子も苦手な子もいるなか全員で三千メートル級の頂上まで行くという行事はおそらく他県の人には受け入れられないと思う。

 僕の通う中学、千曲大学附属中学もこの行事を行っている。千曲大学附属中学では「燕岳」という山を集団登山で登る。僕はこの登山が憂鬱だった。決して体力がある方ではなく、小学校の頃からマラソン大会はほぼ最下位。かろうじて運動が不得意な女子に勝てるくらいであった。とにかく何か理由をつけて休みたいと思っていた。

 夏休み前の終業式、ついに九月に行われる集団登山の説明会が行われた。伝統のあるこの行事も近年ではちょっとしたモンスターペアレント達の批判の的となっていた。

「うちの息子に何かあったら学校はどんな風に責任をとってくれるんですか?」

「うちの娘は運動が得意じゃないんだ!無理させないってどうやって確信ができるんだ」

自称「良い親」たちのけたたましい声が体育館に響き渡る。本来は保護者に対してだけの説明会だが、何とか中止にならないかと思っていた僕は気になって下校後の体育館をのぞいていた。先生達は必至になって説明している。何をそこまで必死になるのか。しかし、この行事事態は長野県では非常に一般的であり、九割近くの学校が採用している。中学受験のある進学校のうちの中学くらいで少し文句がでるくらいで一般的には非常に賛同を受けている行事なのだ。実際数少ないモンペの希望は通らず、今年も例年通りの九月に燕岳で集団登山が行われることになった。


 夏休みは暇だった。

 僕は決まってしまった登山をどうやって休むかばかりを考えていた。僕の夏休みは所属している野球部の練習にあけくれている。いくつかある部活の中で野球部を選んだのは、なんとなく運動部に入らないといけない雰囲気だったのと。体力のない僕は、攻撃の時にベンチで休める野球が魅力的だった。中学二年の夏休みのほとんどは部活動に消えた。

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