「集団登山」

田山 瑛

夕闇が訪れた校舎。

 階段の踊り場から自分を見下ろす目が猫のように光っている。

 どうして自分がその目にみつめられているのかわからなくなる。最初はわからなかったがどうやら睨まれていることに気づいた。

 夏休み最後の日の校舎の夕暮れ。あまりの静寂に眩暈がした。しばらくの静寂のあと、長い沈黙に耐えられず、僕は聞いた。

 「どうしてそんなに怒ってるんだ?」

彼女、榎並照子は僕を睨みつけたままだ。

僕は続けた。

「だって別にただの学校行事だろ。こんな時代遅れな行事。長野以外ではやってないよ?バカバカしい。」

照子は答えない。

「何?積極的に行事に参加して先生に媚び売って成績あげようって?照子、遅刻早退の常習犯だもんな?今更いい高校に行きたいって感じ?」

僕はイライラして、心にもないことを言ってしまう。

照子も僕も成績は悪い方ではないが、お互いガリ勉というよりどれだけ要領よく成績をあげることばかり考えていると思っていた。僕は実際そうだったし、照子も遅刻や早退が多く、中学二年になってからは毎日通うようになったものの、とても勉強を真面目にやっているという感じではなかった。見た目は普通だが、家出を繰り返す不良少女として数週間学校に来ないことも何度もあるなど周りからも少し距離を置かれるような少女だった。

「まあ、仕方ないよ。さっきも言った通り爺ちゃん具合悪いし。万が一のことがあったら僕は行けない。」

この僕の言葉に対し、彼女はやっとその重い口を開いた。その声は蚊の鳴くように小さな声だったが、静寂な周りの空気すべてを震わすような凛とした響きをもっていた。

 「私は登る。登らなくてはいけないの。」

 そう言って照子は階段の踊り場から上の階に再び歩き始めた。僕は姿が消えた踊り場を眺め続けていた。踊り場に陽光を取り込むために設けられた大きな窓から月の光が差し込みはじめていた。

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