第7話:図書館の妖精②


(美術系、結構面白い…ハマる)


あれから数日美術関係の本を読み漁っていた。絵そのものにはあまり興味はないのだが絵具とか道具とかが意外と面白い。写真技術がないため色そのものが見られないのが残念だ。

リクハルド様が教えてくれた岩絵具に関する文献はまだ見つかっていないのだが、他の絵具などについては見つかった。葡萄の蔓やアーモンドの核、赤土なども原料になるらしい。


「美術に興味あるの?」

「え…」


声を掛けられ顔を上げると先日本を取ってくれた男子生徒が立っていた。


「ああ、ごめん。ここのところ毎日来ていたみたいだったから」

「あ、そうですね、少し興味があって」

「そう」


それだけ言うと爽やかに笑って去って行った。何なのだろうかと思ったが特に気にすることなく本の続きを読み耽った。




(げっ)


夕方になり図書館から寮に戻る道なりで会いたくない人の内の一人に会ってしまった。

遠くからでも天使の輪があるのがわかる艶々黒髪ストレートロングの伯爵令嬢、ヘレナ様だ。すれ違う時に会釈だけしてやり過ごそうとしたのだがヘレナ様はなぜか私の前でピタッと足を止めた。


「あなた最近“図書館の妖精”なんて言われてイイ気になってるんじゃないの?」

「え、妖怪!?そんな、」

「妖精よ、よ・う・せ・い!」


聞き間違えた。恥ずい。そしてそんなこと一ミリも知らなかった。…嘘臭いな。

ヘレナ様は私の顔から体を舐めるように見るといやーな顔で口角を上げた。


「あなたは顔…特に体が良いものねぇ。どうやって男を誘惑するの?ああ、もしかして殿下も体を使って手懐けたのかしら?」

「…そんなしょーもないことしません」

「フン、どうだか。……とにかく気をつけることね」

「…え?」


最後のひと言だけは嫌味に聞こえなくて思わず聞き返すがヘレナ様はそのまま廊下を進んでいってしまった。


***


(あ、やっと見つけた!)


美術系の本を漁り続けて約一週間、ようやく岩絵具に関する文献を見つけた。

リクハルド様が教えてくれたマラカイトは緑、アズライトやラピスラズリは青、シナバーという鉱石は赤色として使うらしい。マラカイトやラピスラズリなんかは前世でパワーストーンとして聞いたことあったがそんな宝石になるような物を削って使うなんてチューブの絵具しか知らない私にしてみたらちょっとドキドキする。

 

「ねぇ、君が昨日見ていた絵具の原料なんだけど」

「っ!…あ、はい…」


うお、ビックリした。

閲覧机に座って本を読んでいるといきなり斜め後ろから耳元で声を掛けられたので驚きで体が跳ねた。例の男子生徒だ。すぐ隣の席に腰かけ、なぜかこちらを向いている。


(何か怖い…)


本の題名とかならまだしも、読んでいる本の中身までチェックされていたとなると只ならぬものを感じる。

この時ふと「本は自室で!」と念を押したソフィア様の顔が浮かんだ。本を一度開いてしまうとつい夢中になり部屋まで戻るのを忘れてしまっていた。


(明日からは部屋で読もう…)


そんなことを考えていると男子生徒は小瓶を三つ懐から出した。そこには赤と黄と白の粉末が入っている。私に向かって話しているのだから無視するわけにもいかず耳を傾けた。


「赤いのはサフラワー、黄色はサフランだよ。これも絵具の材料になる」

「へぇ…キレイな色ですね」

「香りもするよ」


そう言って瓶のふたを順に開けて匂いをかがせてくれた。確かにどちらも独特の匂いがする。

次に白い粉の瓶のふたを開けると強引に鼻まで持ってこられた。


「これはどう?」

「っ…!?ごほっ!」

「ああ、ゴメンね」


あまりに鼻に近かったからか、粒子が細かかったからかはわからないが思い切り吸い込んでむせてしまった。


「っ…!な、に」

「もう少し吸って」

「!!」


ガシッと強い力で肩に手を回されもう一度瓶を近づけられる。抵抗するが強い力で拘束されて何度も吸わされてしまった。呼吸がしにくくて苦しんでいると、突然意識が飛び始める。


(しまった…!)


そう思った時にはもう遅い。沈みそうになる意識を覚醒させるのが精一杯で声までは出せない。まるで麻酔を打たれたみたいに意識が落ちていく。


「大丈夫?少し向こうで休もうか」

「や…っ…」


途切れ途切れになる意識で理解できることは抱えられてどこかに連れていかれているということだ。


(どこ、ここ…あ、!)


体が落とされた感覚にふと目を開けるとどこかに寝かされているらしく胸の上に男の手が乗っていた。驚いて何とか力を出しその手をパチンと弾く。

しかし手を払ったと思っても次の瞬間には意識が落ちてまた触られている、それの繰り返しだ。


「そろそろ抗うのやめなよ」

「や、め…」

「気持ち良くしてあげるからさぁ。ああ、君は寝ちゃうからわかんないか」


意識が戻る度に服がはだけていることに気がつく。よりによって今日は胸下の切り替え部分まで前ボタンが付いているドレスだったので既に開けられていた。何とか下着だけは死守しようと抵抗するがそれもいつまで持つかわからない。


「っ…い、やぁ…」

「思った通り良い身体してんなぁ…」


男の手が服の中に入り込んだ瞬間、えも言われないような嫌悪感が体中を駆け巡った。

前世ではある程度の年齢だったので未経験だったわけではないがさすがに襲われたことはない。首筋に男の吐息を感じて酷い嫌悪感から涙が零れた。このまま最後までされてしまうのだろうか――


(絶対嫌だっ!!)



誰か、助けてっ!!!



***


「どこに行ったんだ?」


放課後俺はティナを探して図書館内を歩いていた。一週間前に会って以来一度も会えていない。何かと邪魔してくるソフィナ嬢は今日風紀委員会に行っているはずだから今の時間なら大丈夫だろう。


(今日はもしかして自室で読んでいるのか?)


そう思ってはみるがティナが本を一度開いたら止まらないのはわかっている。


「殿下」

「っ…」


声を掛けられ思わず体がピクリと反応してしまった。振り返ると例によってソフィア嬢が立っている。

今委員会中だろ!?なぜここにいる!?と心の中で叫んだ。


「や、やぁソフィア嬢」

「クリスティナ様はここに居られましたか?部屋にいないものだから図書館かと思ったのですが」

「いや、まだ会ってないが」

「先ほど委員会で嫌な噂を聞いたものですから抜けてきたんですの」

「噂?」


聞けば図書館の二階の奥に死角になる部分があり、先日見回りした風紀委員がマットのようなものが敷かれているのを見つけたらしい。


「もしかして何かいかがわしいことに使っているのでは、と議題に上がりまして」

「!!」

「何かあっては、と」

「ティナを探そう」


急いで二階に駆け上がり奥に向かう。すると閲覧机の上に本が開きっぱなしになっているのを見つけた。それに椅子も出たままでバラバラだ。


「!…これはティナの読みかけだ」


間違いない、本には先日俺が話した岩絵具の事が書かれている。それにティナがこんな中途半端に本を開いておくはずがない。


「殿下、奥に参りましょう」

「ああ」


ソフィア嬢と急いでそちらに向かおうと足を向けた瞬間、


 

「女なめんなぁっ!!!」


 

と、叫び声が聞こえた直後、ドゴンと凄まじい物音がした。


「何だ!?」


二階の奥にある階段の後ろ側にその死角部分がある。そこを覗くと、


「っ…」

「ヘレナ様!?」


伸した男の背中を踏んでいるヘレナ嬢の向こうに ―― 着衣が乱れたティナが倒れていた。


「ティナ!」


ティナは目を閉じながらも震える手で必死に胸元を掻き合せている。すぐさま上着を脱いでティナの体を覆った。


「? あ…リク、ハルド、さま?」

「ああ、もう大丈夫だぞ」

「ああ、そ、ですか…」


ホッとしたのかティナから力が抜けた。ちらりと見えた白い肌に腹の底から今まで感じたこともないような怒りが沸いてくる。ソフィア嬢にティナを任せると俺は伸されている男を掴みあげた。


「…っのヤロー!!」

「ひっ…!?殿、下!?」

「俺の婚約者候補と知った上での狼藉か!?何を使った!?毒か!?」


絶対に許さねぇ!!

渾身の力を込めて殴りかかろうとした時、


「殿下!!!」


ヘレナ嬢に腕を掴まれた。


「何故止める!?こんなヤツ百回殴った所で許せない!」

「ええ、わかります。ですが、」


怒りで震える俺の背中をヘレナ嬢が落ち着くようにと軽く叩いた。


「既に警備の者を呼んでおりますので後処理は私たちがやります。殿下はクリスティナ様を早く医務室へ!」

「っ…わかった」


ソフィア嬢の腕の中でぴくりとも動かないティナを見てハッとした。慌ててティナを抱き上げると、遠くからバタバタと数人が駆けつけてくる足音が聞こえてくる。


(ティナ…何で…)


俺はやり場のない怒りと、大きな後悔を抱えて医務室に走った。


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