第8話:図書館の妖精③
「ぅん……む?」
「! ティナ!」
「…あれ?リクハルド様?」
どこだここは?
見知らぬベッドで眠っていたようでキョロキョロと顔を動かしていると医務室であると教えられた。
「大丈夫か…?」
「あ、」
気遣わしげにリクハルド様が尋ねてくる。正直意識を失う前の記憶が曖昧で、所々触られた嫌悪感しか残っていない。逆に覚えてなくて良かったのかも知れない。
でももしかして、という不安もあったので思いきって口を開く。
「私どうなりました?」
「連れ去られて割と早い内にヘレナ嬢が助けてくれた」
「え、ヘレナ様が!?」
「ああ、イッポンゼオイだとか何とか」
ヘレナ様、神!!
めちゃくちゃカッコいいじゃないか!見たかったけど残念ながら全く記憶にない。
「でも、その…少しは触られてたみたいで」
「ああ、そう、ですね…それは、まぁ、少し覚えてます」
「……」
重苦しい沈黙だ。
リクハルド様の表情は怒っているのか落ち込んでいるのかその両方なのかよくわからない。
っていうか。
「何ですか?その手」
「いや、その、これは」
リクハルド様はなぜか両方の手の平をこちらに向けて宙に浮かしている。何かパワーでも送られているのだろうか?気功か?
「ティナに触りたいんだが」
「えっ!?どこを!?」
「いや、違う!そんな変な意味じゃない!」
思わず胸をガードするとリクハルド様が盛大に首を横に振った。まぁ、わかってるけどね。
「男に拒否反応を示すかもって医者に言われたからな…。今更だけど俺がここにいて大丈夫か?」
私より泣きそうな顔をしてるリクハルド様は本当に素直な人なのだな、と思う。
「はい」
「ん?」
「手」
手を片方差し出すと戸惑いながらも両手で優しく包んでくれた。その温かさにどこか心が落ち着いてくる。
だってやっぱり恐かった。思い出したら体が震えそうになるので今は無理やり考えないようにするのが精一杯だ。
「ちょっとだろうがティナが触られた事が悔しい」
「…はい」
「ああいう事になった原因は俺にあるから…本当にゴメン。謝って許されることではないが…」
「……うん?なぜリクハルド様が謝るのですか?」
意味がわからず思わず眉を顰めた。
「俺がティナに岩絵具のことを言わなければ二階の奥に行くこともなかっただろ」
「!」
「今となっては後悔しかない」
本当に苦しそうに落ち込んで、優しいけどやっぱりアホだな、と微笑ましく思う。
「私はリクハルド様が教えてくれた岩絵具のことが知れて楽しかったし嬉しいです。もちろん後悔もないです」
「っ…」
「でも本では色までわからなかったから、今度連れていってくれますか?」
美術館に。
そう言うとリクハルド様は泣きそうに微笑んで頷いた。
***
「助けていただいて本当にありがとうございました!」
折り目正しくお辞儀をするとヘレナ様はどういたしまして、と微笑んだ。
あの事件の翌日、体が回復した私はお礼を言うためにヘレナ様の自室に訪れていた。
「まぁ、私が変な忠告の仕方したから…その辺りは申し訳なく思ってます。ごめんなさいね」
「いえ、ありがとうございます」
どうぞ、と言われヘレナ様が淹れてくれた紅茶を一口飲む。その味はまろやかでとても優しい味がした。そしてあの嫌味は一体何だったのだろうかというほど今目の前にいるヘレナ様はにこやかだ。
「あなた社交の場にはほとんど出ないっていうからどれくらい嫌味耐性あるか試してみたかったのよねぇ」
「ええっ!?」
「そしたら全然気にしてる様子もないし忠告もさらっと流してるしでビックリしたわ」
「……」
確かにあれ言われたら普通は深く考えて、少し控えよう…となるんだろう。しかし私は一時間後にはすっかり忘れて読書していた。
何でもヘレナ様は数人の男子生徒が「図書館の妖精…薬…連れ込んで…」などという怪しい会話をしているのを断片的にではあるが聞いてしまったらしい。それで気にかけてくれていた、と。
「ここだけの話」
「え?」
「私別に殿下の婚約者狙ってないから。あ、ソフィア様には内緒ね」
「え」
驚いているとヘレナ様がニヤリと笑う。
「第一王子の婚約者候補。それだけで名前は知れ渡るしものすごい恩恵を受けてるのよ。どっちに転んでも私に損はないわ」
「…ちなみに何の恩恵?」
「もちろん商売よ。私化粧品会社の経営任されてるの」
ヘレナ様は生粋の商売人かー!
「だからあなたがもし王太子妃になったら王家御用達にしてね!」
それはそれはキレイな笑顔で微笑んだヘレナ様に私は感心しきりであった。
…今回助けてもらったお礼に、ボディオイル定期購入の契約をすることにしました。
これで貞操が守れたと思えば安い出費だよね、たぶん。…もしかして永久に買わされるって事は…ないよね?
「なんつー事はユーリア宛の手紙には書けないから」
―― 学校の図書館はとても広く様々な専門書が揃えてあるので相変わらず私は本ばかり読んでますが、リクハルド王子殿下や友人(?)との交流で刺激を受け、とても良い勉強になっています。
ってなことを書いておくことにした。
****
その後のシルキア伯爵邸では――
「あら、お手紙?」
「はい、お母様!お姉様からお返事が来たの!」
シルキア伯爵の妻、メリヤは庭のガゼボで何やら読んでいるユーリアを見つけた。声を掛けるとクリスティナから来たという手紙を見せてくれる。
(元気にしているのかしら…ふふ)
遠く離れている娘を思い浮かべながら手紙に目を通す。相変わらず本ばかり読んでいるようだがそれなりに他の生徒とも交流ができているようで安心した。社交の場に出ないことを特に口出しするようなことはしなかったが、せめて友人でもできれば、と心配していたのだ。
「私も二年後が楽しみだわ!」
「…ええ、そうね」
ふふ、と楽しそうにユーリアが笑う。メリヤはその笑みになぜか一抹の不安を感じてしまったのだった。
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