彼方なるハッピーエンド

@chauchau

また来年


「おひさしブリーフ!!」


「人違いです」


「待って、ごめん、やり直しさせて! 少しはっちゃけてみたかっただけなのっ! あ、てめぇ! 鍵かけやがったな!?」


 閉め出された扉に老人が喚き続ける様は、滑稽を通り越して不憫でしかなかった。沈黙を続ける扉が開かれるのに、それから半時ほどの時間を有することになる。


「二年ぶりに会った友人に対する態度かね、ほんとよ」


「二年ぶりだというのなら、挨拶を考えなさいな」


「ユーモアを忘れた老人なんて老害なだけだろうが」


「老人のユーモアのほうが老害ですよ」


 口では冷たくあしらいながらも、老人を招き入れた老婆は、再開を楽しんでいるようでもあった。老婆が淹れた紅茶に老人が口をつける。変わらない味に強面の顔が和らいでいく。


「去年は来れなくて悪かったな。孫が結婚することになってな」


「まあ、それはめでたいわね」


「この間まで赤ん坊だった奴が結婚とは恐れ入ったよ。この間なんざ、ジジイも良い年なんだからちょっとは考えろ、だなんて生意気な口をききやがる」


「貴方にそっくりね。心配性なところまで」


「はんっ! 俺に似ているならもっとイケメンなはずだぜ」


「それはおかしいわ」


 老婆が住むのは本来人間が暮らしていけるような土地ではない。

 老人が住む王都から馬車で半月ほどかけてたどり着く最寄りの村から更に一週間ほど歩いてようやくたどり着く辺境である。人間が、しかも年老いた女性が一人で住んで良いような場所ではなかった。


 老婆と老人は、久方ぶりの会話を楽しみ続けた。

 二年もの間会っていなかったので、話題が尽きることはない。老人が話し、それに老婆が応える。紅茶のお代わりが三杯目となったとき、老人が初めて言葉に言いよどむ。


「……あのよ」


「お断りするわ」


 柔和に、だが、はっきりと老婆が拒絶を示す。

 それ以上話すことはないと優しい笑顔で老人に釘を刺した。


「いや、今回は言わせてもらう。俺ん家に来い。一緒に暮らそう」


 肉食獣を目の当たりにしているかと錯覚するほどの重圧を受けながら、それでも老人は意を決して言葉を紡ぐ。


「堂々と浮気の提案だなんて、奥さんに告げ口してあげようかしらね」


「若い姉ちゃんならともかく、皺くちゃの婆なんざ口説くかよ」


「なら綺麗な若い女性を口説きなさいな」


「あいつは、待っててくれなんて言わなかった」


 有名人になるために。

 神の教えを広めるために。

 金持ちになるために。

 ハーレムを築くために。


 四人の男女が旅に出た。

 出身も育ちも異なる四人が続けた旅の終着点は、世界を救う旅だった。名誉も地位も手に入れた彼らだが、それを手にしたのは二人だけ。


 一人は、人里に戻ろうとせず辺境に家を構えた。

 そして、最後の一人は、還らぬ人になったとされた。


「まだ二十年もある」


「あと二十年よ」


 世界の崩壊を求める存在を、一人の男がその身を犠牲にして封印した。

 代償として、男は異世界に閉じ込められることになる。百年間、決して解放されることはない。


 八十年もの間、女は男を待ち続けている。

 彼が異世界に閉じ込められた場所に家を構えて。


「婆が一人で住んで良い場所じゃねえ」


「住めば都と言うでしょう」


「寿命で死んじまう」


「あの人を残して死ぬものですか」


「頼むよ……」


 老人が頭を下げる。

 零れた涙が机に落ちる。


 それでも。


「ごめんなさいね」


 老婆はただ優しく微笑むだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼方なるハッピーエンド @chauchau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説