第26話


     *


 一〇月半ば。空気はすっかり秋の匂いに変わっている。

 事件が続いているにもかかわらず、文化祭は例年通り盛況を見せていた。

 被害をこうむるかもしれないのはぼくがいるクラスだけ。だからその他の生徒、職員たちに、不安感や恐怖心はたいしてないのだろう。

 また、行方不明者が出ているからといって、年一回の文化活動発表の場をなくす必要もない。中止にしたところで、事が解決するわけでもないのだから。

 ぼくたちは予定通り、夏休み中に描いた作品を、個人出展の形で出品した。

 個人作品は自分の教室で展示されるのだが、クラブに入っていない者が出品するケースはごくわずかなので、教室内はガランとしたイメージを否めなかった。でもそれゆえ、ぼくと由実の大作が浮き立つ感じがして、かえってよかったかもしれない。

 しかし、そんな喜びを消し去って余りある出来事が―――。

 文化祭、最終日のことだった。

 夕方、作品を撤収するために由実とともに教室へ入ったぼくの目に、

「えっ……」

 バツ印に切り裂かれたぼくの抽象画が飛び込んできた。

 並べて飾られている由実の風景画も同様、裂かれたキャンバス地の一片が垂れさがり、砂浜の部分が見えなくなっていた。

 茫然とぼくは立ちつくした。

「だれが……」

 やはり茫然とした言葉が、無意識にぼくの口を衝いた。

 だが、そんなことはわかりきっていた。

 校外からの来場者がこんなことをするとは思えない。する理由もない。それに破壊されているのは、ぼくたちふたりの作品だけ。

 ―――クラスの怒りは収まっていなかった……。

「さ、早いとこ」

 落ち着き払った声でいうと、由実は無残な姿になった作品を片づけ始めた。

 それでもその場を動けずにいたぼくは、

「……ごめん……ぼくのせいで……」

 そう返すのがやっとだった。

「居海くんのせいじゃない」

 キャンバスを新聞紙で包みながら、彼女は静かにいった。

 そして、

「秋の美術展、これ出すつもりじゃなかったから、よかった」

 ふり返った顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。

 途端、強烈な怒りがわきあがってきた。

 他人ひとが精魂込めてつくったものを壊すなど言語道断。でもそれ以上に怒りを生んだのは―――、

 これは同好会が楽しくなってきた時期に描いた絵なんだ。そして、由実が本当の自分を見せ始めてくれたころにつくった作品なんだ!

「許せない……」

 洩らしたつぶやきの裏には、「復讐」が隠れていることを、自身でも認識していた。

 ぼくが持つ最強の復讐方法―――それは当然、犯人の肖像画を描くこと。ぼくと由実の、記念すべきといってもいい作品を破壊した行為は、死に値する蛮行! 

 激昂した思考は、そう判決をくだしていた。

 しかし―――、

 実際問題、クラスの中の誰か、と目星はつけられても、真犯人は見当がつかない。

 全員を描く―――? 

 果たしてそれが可能―――? 

 否、可能だとしても、その中にはまったく無関係の者もいるのではないか―――。

 しかしそれでも、復讐を成し遂げるには―――。

「使わないほうがいい。どんなことがあっても」

 窓から差し込む夕日で橙色に染められた由実の顔が、真っ直ぐぼくを見ていた。

「えっ……?」

「居海くんの力。どんなに頭にきても使わないほうがいい。使っちゃったら、こんなことした人たちと同じレベルになっちゃう」

 真剣な表情。

 やはり由実はぼくの能力を―――信じていたのか……。

 彼女の冷静さと真っ当な助言が、瞬く間に怒りを冷まし、自身と交わした、

『もう決して肖像画は描かない』

 という約束を思いださせた。

 だから大きく息を吐きだすと、ぼくは彼女に向かってしっかりと頷いた。

 しかし、ぼくが能力を使わなくとも、死者は出てしまった。それも、ぼくたちの作品を壊した犯人には成り得そうもない人物が 。

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