第25話
【12・一一人目】
同好会は中高協会美術展に出品するための制作に入っていた。
しかし指先のけがのため、ぼくだけは思うように作業が進まない。
心配して、未来は手伝いを買って出てくれたが、そうすると、彼女自身の制作にも支障が出るし、だいたい他人の手が入ってしまっては、自分の作品とはいえなくなってしまう。
そういって、ありがたくも辞退すると、
「指先は画家にとって命の次に大切なところでしょ!」
「不用心にもほどがあります!」
「これからは防刃手袋はめて生活してください!」
などと、まるで世話女房か過保護な母親のように、ひとしきりお小言を垂れたが、結局、しぶしぶながら彼女は従った。
余計な心配をかけたくなかったので、未来には「自分の不注意で」といっておいたのだった。もちろん由実も話を合わせてくれた。
その由実に、
「校内では今まで以上に一緒にいるようにしよう」
と躊躇なくいえたのは、お互い、いつまた危害を加えられるかわからなかったから。
「愛人らしいから、べつにかまわないわ」
思案することなくそう答えた彼女の、ふっと洩らした笑みには、さすがに熱くなった顔を伏せてしまったぼくだった。
*
いつしか蝉の声の全盛はすぎ、残暑もだいぶ和らいできたころ―――。
「あっ、そういえば、あたしのクラスの写真部の子から聞いたんですけど」
筆を持ったまま、未来がふり向いた。
「会長のクラスの担任の宇津先生、夏休み中、駒尾さんていう部長、捜しまわってたみたいですよ」
ぼくと由実の筆もとまった。
「今年は合宿も中止にしたみたいで、今も部活にはほとんど顔出してないって。なんでも、駒尾さんのお家いったり警察いったりで、忙しく走りまわってるかららしいです」
「……」
「……」
「そして顧問もやめるようですよ。本当は夏休みいっぱいでやめるつもりだったみたいだけど、かわりの先生が見つからなかったらしくて」
「……」
「……」
「自分で消しておいて、そこまで一生懸命捜したり、責任とったりって……やっぱりおかしいような気がするんですけど」
未来にいわれるまでもなく、ぼくの中で『宇津素和犯人説』は、急速にしぼんだ。そしてそれは、由実も同じだったに違いない。―――キャンバスから目を離さず、真一文字に唇を引き締めている横顔から、そう思えた 。
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