第21話
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《三年時》
・①奈荷 萌(なに もえ)=女子。所属=漫画研究部。失踪日=本年、五月二〇日頃。備考=眼鏡。太め。
・②駒尾 久里(こまお くり)=女子。所属=写真部。失踪日=本年、七月二〇日頃。備考~部長。痩せ形。担任のお気に入り。
《ニ年時》
・①加勢 志麻(かせい しま)=女子。所属=美術部。失踪日=昨年、五月半ば頃(だったような)。備考=真面目タイプ(だったような)。
・②木下 実(きのした みのる)=男子。所属=美術部。失踪日=昨年、六月半ば頃(だったような)。備考=これといって普通の男子。
・③? (?)=女子(だったような)。所属=? 失踪日=昨年、夏休み前(だったような)。備考=?
・④記 ?(のり ?)=男子。所属=音楽部(だったような)。失踪日=?(ただし、夏休みは明けていた)。備考=明るい性格(だったような)。
・⑤仮深 伊予(けぶか いよ)=女子。所属=帰宅部。失踪日=昨年、一一月頃(だったような)。備考=ぶさいくな部類。
・⑥? (?)=一年生の女子。所属=? 失踪日=本年、正月明け(だったような)。備考=?
・⑦戸隠 乃里(とがくし のり)=女子。所属=体操部。失踪日=本年、三月二〇日頃。備考=運動神経抜群。けっこう可愛い系。
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「これが手がかりになるんですか~?」
簡易テーブルの上、オードブルが盛られた大皿の横にあったルーズリーフから、未来は目をあげた。そしてすかさず、イクラとカマンベールチーズの載ったクラッカーを頬張る。
「あたし、これ大好き~。美味しいし、なんだかリッチな気分になれる~」
モグモグしながら微笑んだ未来に、
「よかった~。そのコンビネーション、僕の創作」
義兄さんは大喜びで返した。
いつものお茶休憩のときに使うテーブルに、つい置きっぱなしにしていた自作の失踪者表を、打ち上げのセッティング時、未来に見つけられてしまったのだった。かといって、べつに見られても特段構わなかったのだが。
たしかに彼女のいう通り、これほどのデータが失踪事件を解き明かす手がかりになるとは、ぼくも思わなかった。それでも、特別登校日に新たな失踪者を知ったあと、この表制作にとりかかってみたのは、ひとえに―――怖れからだった。
彼女たちを失いたくない! そして、ぼく自身も消えたくない! という怖れ。
自分などどうなってもいい―――そんな思いはいつしか消え失せていた。それにかわって息づいてきたのは、この同好会をいつまでも存続させたい―――その一点だけ。
友人ひとりできず、まわりからは畏怖の目、奇異の目にさらされる日々―――今年の春までの、そんな愉快とはほど遠いぼくの境遇は、彼女たちのおかげで一転している。だから、今となってはぼくの救世主といってもいい由実と未来を、失いたくはない……友だちをなくしたくはない……仲間を消したくはない!
しかしながら、表をつくってはみたものの―――。
今のクラスの失踪生徒に関しては、名前、性別、所属クラブはわかった。だがニ年時のこととなると、たしかな記憶が残らないでいた。
はじめのふたりは、偶然(かどうかはわからないが)自分も所属していた美術部のメンバーだったので、辛うじて覚えていた。が、それ以降の生徒においては、あやふやな部分がほとんどだ。
ただ、当時一年生だった女子もひとり、失踪者に加わっていることは、少しイレギュラーな気がしたのではっきり覚えている。でも彼女に関する詳細も、すっかり記憶から抜け落ちていた。また、戸隠乃里については最近の範疇に入るので、あやふやということにはあてはまらないといっていい。
加えて、失踪生徒同士の関係性やつながりなど、クラスで孤立しているぼくには知る由もない。それにうちの高校は、個人情報保護の観点から、連絡網や住所録はつくられていない。従って、彼らのうちに出身中学が同じだとか、家が近所だとかのつながりが仮にあったとしても、ぼくにはわからない。
「これ、学校がいうような集団家出なんかじゃないって、私ずっと思ってる」
テーブルを見つめたまま、静かに由実は口を開いた。
「だとすれば、バラバラにいなくなるの、どう考えたって変だもの」
「……うん」
「もちろん誘拐事件だとも思わない。それだったらやっぱり、身代金の要求があるのが普通だと思うし……。
仮に家族の誰かに恨みがあった場合の犯行だったら、声明文なり脅迫文なり、向うからなにかしらのアクションがあってもいい気がする。でもそれもないみたい。だから、やっぱり変」
義兄さんが大きく頷いた。ぼくも同意見だった。
「じゃあ……」―――なんなんだ?
由実はグラスに入った琥珀色の液体を、一気に飲み干した。
そして、
「未来ちゃんがいつかいってたように、なんらかの外的要因が作用してるって考えるべきかも」
「外的要因?」
そんなこといったっけ? というような表情で未来はくり返した。
「誰かの力が作用してるんじゃないかしら……誰かの見えない力が……」
「じゃあやっぱり、例の悪魔払いとかのグループの?」
大きな目を、未来はさらに広げた。
「でも、悪魔払いとか祈祷とかが原因だという考えは、やはりあり得ないんじゃ……」
ノンアルコールのスパークリングワインを由実のグラスにそそぎながら、義兄さんはためらいがちにいった。店はランチとディナーの間の休憩時間で、義兄さんもぼくたちの打ち上げに参加しがてらの休息タイムだった。飲み物も食べ物も、すべて義兄さん(夫婦といっておいたほうがよいか?)のサービス。
「それは私もそう思います」
軽く頭をさげるとともに由実は答えた。
「じゃあ、だれ?」
と、新たなオードブルを持ったままの未来。
「それはわからない。だけど……世の中、不思議なことってあるから」
ふっと由実の顔がぼくにふられた。
彼女の横顔を見つめていたぼくの視線と彼女のそれが、交わった。
「非現実的な能力が居海くんに本当に存在すること、私、知ってる」
一瞬のことだったが、彼女の眼差しはそう告白しているように思えた。
たしかに、ぼくにそのような能力があるのだから、世の中、奇怪な力を持っている人間がほかにもいるのでは―――という憶測は否定できない。
ではそれは……誰なんだ?
未来と同じ疑問がわいたぼくの表情を読みとってか、由実はルーズリーフに視線を落したまま、
「まず、失踪した人たちに恨みや憎しみを抱いている人間、って考えるのが普通のような気がする」
「だとすると……学校以外の人間とは考えづらい、かな……」
尋ねるようにいったぼくに、由実は頷いた。そして、近くにあったデッサン用の鉛筆と小型スケッチブックをとると、なにやら書きだした。
覗き込むと、ぼくたちのクラスの生徒の名前を、縦書きで綺麗に記していた。
「去年も今年も同じクラスの人」
鉛筆を置いた彼女はそういって、スケッチブックをルーズリーフの上に重ねた。
「……?」
「消えた一年生を除けば、去年も今年も、失踪したすべてが私たちと同じクラス。その事実からいくと、まず一番に犯人としての可能性が高いと考えられるのは、ニ年時と三年時、私たちと同じ組になって、未だ失踪していない誰か……じゃないかしら」
「よく覚えてたね~」
男女合わせて七名の氏名を見ながら、ぼくはいった。自分じゃとても思いだせなかった。
「でも……彼らも消えてった人たちも、どんな性格かとか、普段どんな行動をとっているかとか、私わからない……」
ぼくの感嘆に反応することなく、独り言のように彼女はいった。
「それは……ぼくも……」
「じゃ~それも~、手がかりにはならないじゃないですか~」
未来はサラダボールの上のミニトマトをつまんだ。
飲んでいるものはみんなと同じノンアルコールなのに、なぜか彼女の呂律は怪しくなっている。
「……そうね」
弱々しく微笑む由実を視界の端に捉えながら、ぼくは七人の顔を順繰りに思い浮かべた。
ぼくに向ける怖れの目、怯えの目、媚びるような目―――脳裏に現れた彼らに関する情報は、ただそれのみ。どう考えても、他人を消す力などありそうには見えない。それが総合的判断。
でも、人は見かけによらない。
たとえば―――ぼくみたいな凡庸な見た目の高校生だって、人を殺す能力を持っている。
「待って……」
由実の鋭いつぶやきが聞こえた。
「ひとり、足りなかった」
彼女が急いで鉛筆を走らせたスケッチブックを再び覗き込んだぼくは、その予期せぬ名前に―――、
えっ!?
「この人も……二年生から同じ」
冷たくも感じる彼女のコメント。
彼女も―――いわゆる容疑者?
「誰ですか、それ」
一緒になって覗いていた未来の質問に、ぼくは答える余裕を失っていた。
「七人のほかのメンバーに比べれば……可能性はより大きいかも」
一層冷たさを増した彼女の声だった。
楽しいものになるはずだった夏休みの打ち上げ―――ふたを開けてみればそれは、ごく静かな、謎解きの会の様相で終始した。
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