第20話
【10・九人目】
「―――ですので、休み期間中の行動には、くれぐれも気をつけるように。またカウンセリングコーナーは夏休み中も開いています。悩み事や心配事がある人は、決してひとりで考え込まず、遠慮なくくること。それでも、もしきにくいと思ったら、私に直接メールをくれても構いませんから……」
三年生になってから三回目の失踪者伝達。同じような注意事項をくり返す宇津先生のようすは、一層深刻度を増しているのが誰の目にも明らかだった。
夏休みに入ってすぐ消息不明になったのは、やはり同じクラスの
約一〇日ぶりに顔を合わせたクラスに、活気は微塵もなかった。ただあったのは、あくまでぼくに気づかれないようにと向けられる、怖れとも、怯えともとれる―――視線。
しかしそんな視線の束は、やはり今のぼくにはなんの作用も及ぼさず、おまけに隣に座る由実が、無言のまま防いでくれているようにも感じていたゆえ、自ずと心強さも持ち合わせていた。
*
夏休みの同好会。
ぼくと由実は三〇号の大作、未来は二〇号でトライすることにした。
午後一番から八時まで活動が可能になったとはいえ、その間ずっとキャンバスに向かうというのは、集中力、体力とも、なかなか大変だった。だからぼくたちは気分転換と称して、しばしば表に出かけた。
小型のスケッチブックを持って、近くの池がある公園へいき、鉛筆での写生。にぎわう白由が丘の街でのショッピング(これは未来の希望)。猫野神社の夏祭り。そして四子玉川駅近くの玉川の川縁で開催される花火大会。―――その日は未来も由実も浴衣姿でやってきた。(未来の提案で示し合せたようだ)
浴衣に合わせ、アップにした由実の髪型は、石井家を訪れたときの、亜実になっていた彼女を思いださせた。そして右のこめかみには、やはりほくろも……。
しかし、普段でもこぼれるようになっていた自嘲ではない笑み、未来とのおしゃべりの中でよく見せるようになった、本当にはしゃいだような仕草―――それは、亜実になりかわっているときに見せたものとはまったく別物だった。
夏休みの宿題も三人で一緒にやった。(これも未来の希望。……実はぼくの希望でもあった)。
成績優秀な由実のおかげで、ぼくと未来は大助かりした。
そんなことで、結局この夏、ぼくたちは毎日のように顔を合わせた。
*
夏休みも残りわずかとなった二九日、『陽射し』とテーマを決めたそれぞれの作品は、仕上がった。
砂浜から海を望む風景を描いた由実の絵は、キャンバスサイズのせいだけではなく、とてもダイナミックだった。なにも参考にせず、頭の中だけでのイメージで描いたという彼女の精緻な描写力には、驚くべきものがある。
ぼくは抽象画。―――あえて赤系の色は使わずに、燦々と燃える太陽を表現した作品は、「すごい」と一言、由実に褒められた。―――ので、顔を真っ赤にしてぼくは照れた。
そして未来は、やはりカラフルな色調で、ひまわり畑をつくった。
彼女はポストカードの写真を資料にして
「打ち上げしたいで~す!」
自身の作品と同じように、元気いっぱいに未来がいったので、その要望を快く聞き入れてくれた義兄さんは、翌日、豪勢なオードブルを二階へ運んできてくれた 。
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