第19話


     *


「最近、明るくなったんじゃない?」

「え?」

「石井さん」

 イーゼルに載せられた三作品を、ぼくと義兄さんは並んで眺めていた。

「そうかな~……」

「結果的に彼女にとっても、この同好会に参加したのはよかったんじゃないかな」

「……うん」

 由実の作品を見つめながら頷いた。

 彼女のF8のキャンバスには、薄ら霧に霞む湖畔が描かれている。その岸辺には、数人の人物―――どれも後ろ姿だが、みな躍動感に溢れ、絵を引き締めている。

『出逢い』はどこに表現されているのかわからないが、それは見た人がどうとでも自由に想像すればいいことだ。それこそが芸術。

 ちなみに未来の作品は、義兄さんが評価したようにポップな色使いで完成されていた。向い合った男子生徒と女子生徒の足もとがクローズアップされた構図―――こちらは『出逢い』というテーマがすぐわかるような気がする。

「あれ、石井さんだけサインじゃないんだね」

 湖畔の風景画に顔を寄せ、義兄さんはいった。

「え、ああ」

 彼女の絵の右下隅には、「20**・7・19」が黒絵の具で記入されている。

 石井家を訪問した際に知った彼女の境遇―――それを義兄さんに話したとき、彼女が作品にサインではなく日付を入れる、などという些細なことは省いていた。 

 なので―――、

 それは生前の妹がやっていたののまねで、日付記入は、妹がこの日まで生きたという証を残したかったからではないか、そう想像したこと。そしてそうすれば、彼女の母親は、未だ妹が生きていると信じやすいのではないか、と考えていること。―――そう説明すると、

「そうだったの……」

 義兄さんは気の毒そうに頷き、今一度、風景画に目を細めた。

“ジジジッー”という音を立て、明かりに誘われ網戸に張りついていた蝉が飛び立った。 

「それはそうと、夏休み中の同好会なんだけど……活動時間、長くしてもいいかな?」

 せっかくの夏季休暇なんだから、大きめの作品をつくりたい。という未来の提案に、ぼくたちも異議はなく、だったら今までよりも制作時間があったほうがいいのでは―――そういう結論にいきあたったのだ。

「もちろん!」

 快諾してくれた義兄さんは、姉にもその旨を伝えて、必ず了承を得るとも確約してくれた。

「ところで……あの、彼女のいってた祈祷説だけどね……」

 義兄さんの口調が改まった。

「やっぱり、あり得る話じゃないと思う」

「……」

「悪魔払いや加持祈祷なんて、準備だって場所だって、それを執り行う条件だって大変だし、めんどくさいものだよ。第一、修行の経験もない高校生がそんなことしたって、なんの意味もない。ただのお遊びだよ」

「……」

「ということは、効果なんて期待できるはずはないし、だとすれば、それによって犠牲者なんていうものも発生するはずはない」

 力強くいった義兄さんは、彼なりにいろいろ調べてくれたようだ。

「関係ないさ」

「……うん。そうだよね」

 尽力に感謝しつつ、同意した。

「で、最近……どお、失踪事件は」

 一段、義兄さんは声を落とした。

「五月にいなくなった女子以来、新たにはまだ。……戻ってきた人もいないけど……」

「そお……」

 そして、とりあえずこのまま収まってくれればいいねと、気持ちを切り替えるように、義兄さんは元気な声でいった。

「うん」

 ぼくも負けずに、張った声を返した。


 翌日から、ぼくと由実にとっては高校生活最後の、未来にとっては高校生活はじめての、夏休みに入った。

 そして、義兄さんとぼくの願いは、その夏休み中の特別登校日に―――見事砕かれた。

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