第17話

     【9・初夏】


 ぼくの学園生活はガラッと変わった。

 もちろん、まわりの態度が、ということではなく、ぼくの心の持ちようが、ということであって……。

 しかしそれだけで今のぼくには夢のようだった。

 いわずもがな、それは、由実との関係性が変わったからで。

 大っぴらに、というわけではなかったが、彼女との会話は教室内でも持てるようになっていた。そして休み時間などは、お互い、今までひとりきりでいた場所が、ふたりきりに変化した。

 そんなぼくたちに向ける奇異な視線は、今までよりも濃くなった。だが、ぼくは気にならなかった。もともと馴れっこということに加え、今の幸福感が、心に強大なバリアーをまとわせていたから……だと思う。 

 当然、精神的にぼくより強い彼女がそんな目を意に介すわけもなく、逆に、以前まで時折ぼくに向けた鋭い眼光を、それら部外者に放ったりすることもあった。

 話の内容は絵画のことだけではなく、多岐に亘るようになっていた。それにつれ、彼女の笑顔を見る回数も増えた。

 ここへきてぼくは、はじめて学園生活に真の楽しさを味わえたと思った。また、彼女もそうであることを願った。

 そして願いは、彼女の心情にも波及し……。

 彼女はどう思っているのだろう……ぼくのことを。

 彼女のようすは、もちろん自分に嫌悪など持っているものでないことはわかる。

 しかし、真意は……。

 残念ながら、女子とつき合った経験など皆無のぼくに、女性の心理を読み解く術などが備わっているはずもなかった。

 こと、彼女にいたっては、そうやすやすと察せられるような態度はとらないだろう。

 ぼくと同じ気持ちを持っていてくれたら……。

 だが―――、

 せっかく彼女とコミュニケーションをとることができるようになった今、そんな希望を抱くのは欲張りというものだ。そして、仮に詮索などしようものなら、現在の関係性が一気に崩れてしまう恐れもある。

 ただ現状を喜ぶべき。―――長い髪に半分ほど隠れるようにある横顔を見ながら、小心なぼくは、そう自戒した。

 一方で、改めて義兄に対する感謝をかみ締めもした。

 こうなれたのも、もとはといえば彼女を同好会に誘ってみればという、彼の提案からであり……。

 またつくってしまった借りは、今までで一番大きなものかもしれなかった。

 もちろん、義兄にそんな意識はまったくないだろうが、どんな形にしろ、いずれは同量のものを返さなければ―――と、今度は抜けるような空に向けた目で思った。

 そして季節は、梅雨本番に入った ―――。

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