第45話 村祭
サンヒートジェルマンのギルドハウスから、一瞬で緑豊かな森の中へ移動する。慌ただしく鳥たちが飛び立つ大木の前で、ムーンは周囲を見渡すように首を動かした。
「騒がしいなぁ。なんかあったのか?」
「マスター、おそらく前兆を感じ取っているのでしょう。もうすぐ我々の獲物が山から降りてくるようです」
「そうか。じゃあ、早く行った方がよさそうだ」
駆け出そうとするムーンと顔を合わせたフブキが首を横に振る。
「焦らなくても大丈夫だと思います。ここから準備運動を兼ねて三十分間歩いたとしても、十分に間に合います」
そう口にするフブキの声を近くで耳にしたアストラルが驚き目を丸くする。
「えっ、ここから歩くんですか? そんなことしなくても、瞬間移動でテツノオ村まで行けば……」
「残念ながら、私はあの村に行ったことがありません。ここが一番近い座標なんですよ? まったく、この新人研修の担当が私じゃなくて、もっと厳しい人だったら、十キロ以上走らされていたんです。それと比べたら、三十分間森の中を歩くことくらい、容易いことです」
「ただの研究員に十キロ以上走らせるの、勘弁してほしいわ」とアストラルが苦笑いを浮かべた。
一方でフブキの右隣にいたホレイシアが、大木の根本に大量に生えるギザギザとした双葉を見つけ、フードも真下で目を輝かせた。
「ねぇ、フブキ。昔、ここで採取してた素材って、もしかしてネスカイム?」
「はい。そうです。この森はネスカイムが大量発生していることで有名ですから」フブキが隣にいるホレイシアに視線を向けながら答えると、彼女は嬉しそうに両手を叩いた。
「良かった。この薬草、探してたんだよ!」
声を弾ませたホレイシアが、大木の根本の手前まで移動し、腰を落とす。そうして、葉を手に取り、優しく撫でながら、観察を始めた。
「うん。状態も良さそう。この甘い香り、今朝早くに葉が芽吹いた感じかな?」
「おそらくそうでしょう」
「フブキ、これ採取していい? これがあったら、レッドグリフォン、楽に倒せると思うよ」
顔を後ろに向けたホレイシアが首を傾げる。それに対して、フブキは優しく頷いた。
「もちろん構いませんが、それを素材に使った錬金術の術式を覚えてますか?」
「大丈夫。私に任せて!」
「おーい。お前ら。何やってんだ?」
少し離れたムーンがふたりに呼びかける。その間にホレイシアは、根本に生えた双葉を摘み取り、右手の薬指で触れ、消し去った。
「うん。もう大丈夫だから、行こう」
「そうか。じゃあ、ホレイシア。ただ歩くのも暇だからさ。フブキとアストラルにいろいろ聞いてみるのはどうだ? 一緒に戦うんだったら、お互いのこと知っていた方がいいと思うぞ」
「それ、いいかも」と頷いたホレイシアがムーンの右隣に並ぶ。
そして、四人は森の中をまとまって歩き始めた。
「フブキが住んでた村って、祭りとかあるのか?」
草が生えた自然の道を進んだムーンが、後方にいるフブキに視線を向け、問いかける。
両手で広げた地図からフブキが顔を上げる。
「大神殿に祀られている神を崇めるヘルメス祭が年に一度あります。その日は村民全員が神殿に赴き、宴を催すんですよ。宴の会場は神殿の近くに建てられた洋館。屋台がないので、各自料理を持ち寄り、村民たちの交流を深めてます」
「屋台がないってことは、綿菓子食べたことないの?」
ムーンの隣を歩くホレイシアが、首を傾げながら、後ろを振り向く。
「名前だけは聞いたことがありませんが、食したことはありません。その代わり、子どもはお菓子食べ放題。大人は青嵐の料理人が作るとても美味しい料理を無料で食べることができます」
「えっ、あの青嵐の料理人が、無料で料理を振る舞う夢のような祭りがあるんですか?」
フブキの右隣のアストラルが目を見開くと、立ち止まったムーンがキョトンとした。
「アストラル。何か知ってるのか?」
「アルケアの高級料理店を経営する伝説の料理人ですよ。彼の監修する料理は多くの料理好きな人々を魅了していますが、予約は十年待ちといわれています」
「そんな人の料理が食べられるなんて、夢みたいな祭りだね!」とホレイシアがフブキに笑顔を向ける。
「一般の観光客は参加できない村民だけの小さなお祭りで、みんなが彼の一品だけの料理を楽しみにしています。因みに、彼の本職は私と同じエルメラ守護団団員です。序列六位なので、部署は違いますが」
質問を重ね、三十分後、ムーンの耳に太鼓の音が届いた。そのまま森を抜けると、のどかな村へ辿り着く。薄茶色の地面の上を子どもたちが元気よく走り回り、民家の玄関には、白く細長い提灯が置かれている。
「村祭りは午後からだっけ? 午後から仕事じゃなかったら、参加してみたかった。フブキと一緒に遊んだら、絶対楽しいと思うぞ!」と嘆くムーンの左隣で、ホレイシアが同意を示す。
「そうだね。休みのタイミングとかが合ったら、一緒に行ってみたいな」
会話を交わすふたりの近くで、フブキがアストラルに視線を向けた。
「アストラル。祭りに興味があるのであれば、クエスト達成後も村へ残ってもいいんですよ? この手でマスターたちに触れれば、ふたりをサンヒートジェルマンまで飛ばすこともできます」
「おい、フブキ。お前、ズルいぞ。アストラルと一緒に祭りを楽しむつもりだろ?」
フブキの問いかけに、ムーンが不満そうに食いつく。
「別に本職の仕事までの時間を村祭りで潰そうというつもりはありません。ただ、この村の近くにある山に行き、鉱石を採取してもよいと思っただけです」
「鉱石!」とフブキの言葉に反応したアストラルが目を輝かせる。
「この近くの山といえば、鉱石が有名。上質な鉱石を採取できるなんて、最高な新人研修です」
楽しそうに笑うハーデス族の少女の近くで、ホレイシアとムーンは目を点にした。
「アストラル、鉱石が好きなんだ」
「そうみたいだな」とムーンが頷くと、アストラルが笑顔で答える。
「はい。一番興味があるのは、地下資源ですが、鉱石も好きです。全ての研修が終わったら、鉱石を扱う研究室に配属されたいです」
「一般的にハーデス族は地下資源に興味を抱きやすいと聞いたことがありますが、アストラルもそうだったようです」
腕を組み、冷静な顔で頷くフブキの言葉にホレイシアが興味を示した。
「そうなんだ。もしかして、アストラルのお父さんも?」
「はい。好きでした。そういうところも似ているようですね。お父さんと」
「あんなお父さんと一緒にしないでください!」
怒鳴るアストラルの前で、無表情のフブキが両手を叩く。
「そんなことより、村役場へ行きましょう。まずは依頼人に挨拶を行います」
「ああ、そうだな」と明るく答えたムーンの近くで、アストラルが彼の顔をジッと見つめた。
「自称ギルドマスターですか? フブキがみんなを引っ張っているように見えます」
「違うぞ。俺はホントにギルドマスターなんだ! フブキとホレイシアはバカな俺を助けようとしてるだけだと思うぞ」
「そうそう。ムーンに全部任せちゃうと、大変なことになりそうだからね」
獣人の少年の右隣のハーフエルフの少女が、彼の右肩を優しく叩く。
「おい、ホレイシア。俺のことバカにしてるだろ?」
「そう見える?」とフードで隠した顔を上げたホレイシアがイタズラな笑みを浮かべた。
「まあ、別に気にしてないけどな。そんなことより、早く行こうぜ」
ムーンが明るく笑い一歩を踏み出すと、アストラルがギルドマスターの少年の右隣に並ぶ。
「あっ、ムーン。ちょっと……」とアストラルがムーンに声をかけると、彼は目を丸くしてその場に立ち止まった。
「なんだ?」と彼が首を傾げた瞬間、ハーデス族の少女は獣人の少年の耳元で囁く。
「このクエストが終わったら、ふたりだけで話がしたいです」
「ああ、別にいいぜ」
顔を右隣に向けたムーンが軽く答える。一方で、彼の左隣にいたホレイシアは訳が分からず首を傾げた。
「えっ、何のこと?」
「いや、なんでもないからな」と慌てて誤魔化すムーンの姿を、フブキは後ろから見ていた。
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