第46話 狩人

 テツノオ村役場の村長室の中で、ムーンたちは、いくつもの書類が積んである机を挟み、横一列に並んだ。机の前で、依頼人の恰幅のいい黒ひげの男が目をパチクリと動かす。


「あのヘルメス族と一足先に異能力が与えられた少年がレッドグロフォンを倒しに来ると聞いていたが、まさか、あのハーデス族も来るとは……想定外だ」

 右端にいるハーデス族の少女に視線を向け、本音を漏らす村長の前で、フブキが首を横に振る。

「彼女は正式な仲間ではありませんが、ご期待に添えるほどのチカラを持っています」

「そうだ。そうだ。ホレイシアもスゲェんだぞ!」

 フブキの右隣でムーンが胸を張ると、右端にいたホレイシアが慌てて両手を左右に降った。

「ちょっと、ムーン。今はそれ、関係ないでしょ?」

「別にいいだろ?」とムーンが白い歯を見せて笑う。


「雑談はここまでにして、最終確認を行う。今回、私が依頼したクエストはレッドグリフォンの討伐。貢ぎ物を狙い山から降りてくるレッドグリフォンを倒してほしい。戦場はここの岩場だ」

 村長が机の上に置かれた地図を彼らに渡す。それを受け取ったムーンの周りに、ホレイシアたちが集まる。

「なるほど。山と森の中間に位置するこの岩場ですね?」

 アストラルの問いかけに村長が頷く。

「そうだ。ここにだけなぜか枯れ木が多く、レッドグリフォンが苦手な匂いを放つネスカイムも生えない。毎年、レッドグリフォンはここを狙って飛んでくる。そこから真っすぐ進んだ先にある祠の近くで、貢ぎ物の団子を作っている。そこを襲われないようにしてほしい」


「……」とアストラルは村長の話を聞き、自身の顎を右手で摑んだ。


「因みに、山で確認されているレッドグリフォンは一匹だけですか?」

 右手を挙げたフブキが質問すると、村長が右手の人差し指を立てる。

「そうだ。獲物は一匹だけだな。去年は追い返すだけで精一杯だった」

「相手は、群れることを嫌うレッドグリフォン。その一匹を倒せばクエスト達成ですね。分かりました」


 フブキが納得の表情を浮かべた後で、目深に被ったフードを剥がし、顔を真っ赤にした赤髪ツインテールの少女が一歩を踏み出す。特徴的な耳を生やす彼女の姿を、アストラルと村長はジッと見つめていた。


「えっと、これで打ち合わせは終わり……ですよね? 交通費はテツノオ村とサンヒートジェルマンを往復するのに必要な金額の一割で構いません」

 素顔を晒し申し出たホレイシアの前で、村長が腕を組む。

「ああ。三千ウロボロスでいいだろう」

「ありがとうございます!」

 頭を下げたホレイシアの隣で、ムーンが元気よく隣を挟むふたりの背を叩く。

「よし、お前ら、頑張ろうぜ。もちろん、アストラルもな!」

 気合を入れたムーンは、ホレイシアたちと共に一礼し、村長室から退室した。




 村役場から西に一キロ進んだ先にある岩場に、白くゴツゴツとした石が転がる。風で削られた自然の岩場の上で、ムーンは周囲を見渡した。近くに見えた木の上で茶色い小鳥が歌うように鳴く。


「楽しそうなのが聞こえるってことは、まだ来ないみたいだな!」

 縦に長い岩場から、鳥の声を聴く獣人の少年が腕を組む。そんな彼の右隣に並んだアストラルは、その場でしゃがみ、草が生えた地面を爪で抉った。その爪先に付着した土を試験管に採取したアストラルの頬が緩む。


 そんなふたりに後方から、フブキが声をかける。

「マスター、アストラル。今の内に武器を召喚してください。一瞬の遅れが命取りになります」

「ああ、分かったぞ!」

 明るい顔で頷くムーンが右手の薬指を立て、空気を叩く。彼の指先から飛び出した小槌を叩き、銀色の輝く太刀を召喚すると、少し遅れてアストラルが立ちあがる。

 獣人の少年が太刀の剣先を前方に向けた間に、アストラルも右手の薬指を立てた。

 そこで動きを止めたアストラルが、視線を後方に向ける。

「フブキ、武器は自由ですね?」

「はい。もちろん、アレを使っても構いません」

「了解♪」と笑みを浮かべた彼女が空気を叩くと、指先から槍が飛び出した。その槍の先端は、二又に分かれ長さは一メートルほど。それを隣で見ていたムーンが目を見開く。

「アストラル、お前、槍で戦うのかよ! 父ちゃんは剣士らしいから、俺と同じ剣士かと思ったぞ」

「これはただの槍ではありません。ハーデス族に伝わりし槍、バイデント。私が持っているのは、ハーデス族なら誰でも持ってる模造品ですが、威力は絶大です」


 一方でフブキはアストラルが手にする武器を見て、ため息を吐き出した。

「やっぱり、それを使うのですね。別に構いませんが、この岩場を更地にしないでください」

「フブキ、それってどういうこと?」

 フブキの隣に並んだホレイシアが首を傾げる。

「力加減を間違えれば、そういうこともできるということです」


 フブキがホレイシアと顔を合わせながら答えた直後、枯れ木の枝の上にいた小鳥たちが慌ただしく飛び立つ。青空の上で真っ赤な何かが光り、ムーンたちがいる岩場に向かい進んでいく。

 一瞬で空気の流れも変わり、ムーンは剣の柄を力強く握った。


「来たみたいだな」と呟いた獣人の少年が、上空を駆ける赤い怪物を見上げる。鷲を獅子の体を併せ持ち、四つに分かれた鋭い爪を二つの前足に生やしたそのモンスターの体は真っ赤に染まっている。

 背中の灰色の羽を素早く動かし、四足歩行で動く姿を目にしたアストラルは、息を整えた。


「ホレイシア。準備を」

「うん」

 フブキの隣で、ホレイシアが両手の薬指を立てる。右手で空気を二回叩き、ギザギザとした双葉が特徴的な薬草と黒い球根を召喚。右掌を空に向けるように返し、ふたつの素材を人差し指と中指の先に浮かべる。

 一呼吸置く間もなく、左手の薬指で宙に生成陣を記す。


 東に双子座の紋章

 西に蟹座の紋章

 南に火星の紋章

 北に火の紋章

 中央に土の紋章


 それらの紋章で構成された生成陣に浮かんだ指先を、自身の右手の上の素材に向けて飛ばす。

 その瞬間、ふたつの素材が青白い光に包まれ、甘い匂いを放つ黒球が生成される。


「できたようですね。では……」

 右隣で錬金術を使ったホレイシアに視線を向けたフブキが、彼女の右手と自身の右手を重ねる。その瞬間、ハーフエルフの少女の手の中にあった球が一瞬で消え、上空を物凄い勢いで進むレッドグリフォンの頭上に浮かび上がった。

 それが獲物の頭上に投下されると、レッドグリフォンの動きが遅くなっていく。嫌がるように鷲の頭を振ったその姿を見上げていたムーンは、首を捻った。


「なんだ? 何をしたんだ?」

「ネスカイムの甘い匂いを爆発させて浴びせるなんて、あの子、思ったよりスゴイかもしれません」

 ムーンの隣でアストラルが顎を右手で掴み、考え込む。

「おお、ホレイシア、スゴイだろ?」

 胸を張る獣人の少年の前に、フブキが体を飛ばす。

「全く、無駄話するなんて、随分余裕があるんですね?」


 一瞬だけ背後を振り返り、冷たい視線をギルドマスターの少年にぶつけたフブキが、左手の薬指を立て、宙に生成陣を記す。


 東に菱形の紋章

 西に牡牛座の紋章

 南に魚座の紋章

 北に木星の紋章

 中央に土の紋章


 一瞬で記した生成陣を真下の地面に向けると、地面が小刻みに揺れ、巨大ゴーレムの灰色の右手が岩場の上で突き出る。その手が、上空のレッドグリフォンの胴体を握るように掴む。


 レッドグリフォンが激痛で身を揺らすが、石の手からは逃れられない。


「マスター、アストラル。早く攻撃してください」

「ああ、言われなくても分かってるぞ!」


 ムーンが身動きが取れないレッドグリフォンに向けて、剣先を向ける。そのまま、前へと駆け出すと、アストラルも彼に追走する。

 間合いを詰めたムーンが太刀を振り下ろすのと同時に、アストラルが槍で空気を切り裂く。

 ふたりの一撃がレッドグリフォンの体に激突し、大きく口を開けた怪物の叫び声が響く。


 抉り取られた石の細かい破片が周囲を舞い、レッドグリフォンの体は勢いよく岩の地面に叩きつけられた。


 


 

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